人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

アニサキスイッキ飲み

罰ゲームや一発芸とかで○○イッキ飲みってよくあるけどアニサキスをイッキ飲みしたらどうなるんだろう?これヤバくない??アニサキスを100匹くらいイッキ飲みしたあとに人はどうなってしまうのか?想像しただけで恐ろしくなる。地味に地獄の拷問だな。

あんな小さなショボい虫が胃の内壁に噛みついただけで転げまわるほどの激痛に襲われるって人間はどれだけ弱いんだろう?と思う。寄生されている魚は痛みを感じないんだろうか?謎は深まる。

人生でやばかったこと

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突然ですが、皆さんの人生でやばかったことはいったい何ですか?

そう聞かれて自分を振り返ってみますといくらでもありますがぱっと思い浮かんだのは以下の3つですかね。

①インド旅行中に激しい下痢に見舞われ、ウンコ(液体状)を何回も漏らしたこと

②小学校の下校中にウンコを漏らしたこと

③バリ島のビーチリゾートで遊泳中に沖に行き過ぎて本気で溺れかかって死にかけたこと

当然ながら30数年も生きていればこれ以外にもいくらでもヤバイことはありました。ただ、私は意外と真面目なので法律に触れるようなことはあまりやっていないのでそういう意味でのヤバイ経験はないんですね。これが人を殺したとか、大事故を起こしたとか、一家が離散したとかなるとそれこそ目も当てられないほどヤバイ経験をせざるを得ないわけですけどそこまではないですね。

人生って結構ヤバイものですよ。それが普通です。平穏無事な人生なんてまずないんじゃないでしょうか。生きているってことはヤバイことなんです。

できれば、皆様の人生でやばかったことを教えていただきたい。他人の人生って結構興味あります。笑

THE 無気力

前回の記事を更新してから早5日経過、全然ブログを書く気力が沸いてこなかった。私は基本的に無気力、怠惰人間なので毎日ブログを定期更新することができない。そもそも、書く気力が沸かないことがあまりにも多い。気分が乗ってこないのだ。

昨夜はひたすら「人生の無意味さ」に思いを馳せていた。本当に、人生って虚しい。この事実を正面から見つめていたらさらに虚しくなってきたのだった。

私は人生の虚しさを解消する術を知らない。自分を誤魔化したくないという思いもある。しかし、誤魔化さないと生きていけないことも事実である。誰よりも人生の意味を欲しているからだ。

なんで、今まで生きてきたんだろう?なんで今まで生きてこられたんだろう??などと言うと確実に「周りに生かされたから生きてこられたんだよ、周囲の人に感謝を忘れるな」というようなことを言われそうである。

しかし、どうあがいたところでいずれみんな寿命が来て死んでいくんだよね。これってやはり矛盾だ。などと考えているとさらに虚しくなってくる。

今までの人生っていったいなんだったんだろ??これって究極的な問いじゃない???

今までの人生はいったい何のために存在したんだろう???

私は生きるために生きているのだ。そこに意味はないのだ。ただ生きていさえすればいいのだ。みんな産まれ、死んできた・・・ただそれだけのことである。それなのにどうにも納得できない。自分は特別であるかのように錯覚してしまう。自分は何も特別ではないのに。

ビールでも飲んで酔っ払っていたい。そうでもしていないと人生は虚しいよ。バンコクのカオサンロードでも行って屋台のパッタイでも食いたい気分だわ。


バンコク カオサンロード パッタイを注文するの巻

中国のお金持ち

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中国のお金持は半端じゃないという話を聞いたことがないでしょうか?私は貧乏なので、中国の金持ちどころか日本のお金持ちですら全く想像できません。いったいお金持ちってどんな人達でどういう生活をしているんでしょうかね??

以前の職場で中国人の実業家の旦那を持つセレブ奥様(中国人)がバイトに来てた時期があったようでその奥様はやはりとんでもないお金持ちだったらしく、なんと毎月のお小遣いが50万円だそうです。間違えちゃいけませんよ、毎月50万円の給料を旦那がもらっているわけでも、生活費が毎月50万円でもなくて、実業家の旦那が毎月生活費とは別に完全に遊びのお金として奥さんに渡してくれるお小遣いが50万円ということですよ。そのうち30万円くらいを飲み代として使っていたそうです。

これってやばくないですか?

皆さまが毎月どのくらい自由に使えるお金があるかなんて全然知らないし、全く興味もありませんが、毎月生活費とは別にただのお小遣いとして50万円余裕のある人ってどのくらいいるんでしょうかね。月収50万円あるというだけでも結構凄いことですよ。月収50万円なら単純計算で最低でも年収600万円以上あるわけですからそれなりに豊かな生活ができるはずです。

今現在、世界には1日1.25ドル以下の極度の貧困生活を強いられている人達がアジアやアフリカを中心に全部で10億人近くいると言われています。世界の人口が74億人くらいですから約7人に1人弱の人が1日140円に満たない生活を強いられているわけです。日本なら自販機でペットボトルのジュース1本買ってなくなるお金(140円)で1日なんとか生活している人が10億人近くいるのが現実です。

この格差って凄いですよね。とりあえず極貧生活を強いられていないのならば感謝しないといけないのかもしれませんね。

天国と地獄

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皆さま、お久しぶりです。ただ今帰りました。(笑)前回の記事更新からあっという間に6日も経ってしまいました。訪問者数を見ると一日平均1000人近い方が当方のブログを覗きにこられているようです。いつもありがとうございます。

この6日間を振り返ると一言で「天国と地獄」でした。
プライベートは天国、仕事は地獄ということになります。プライベートで大好きな東京に行って美味しいものを食べたり、まったりしたり、親友と会って色々話したり、凄く楽しく幸せな時間を過ごせました。一方で仕事はどうにもならないほどつらい毎日なのかもしれません。とにかく仕事が嫌いで行きたくありません。

例えるとこんな感じです↓

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わかりますよね?この気持ち。仕事に行く前ってこんな感じ↑じゃないですか?

最近、上司と結構激しく対立してしまって精神的にまいってます。上司がなんかすごくおかしなことを言ってきたり、人の話を聞かずに的外れなことを言ってきたり、こちらを煽ってきたりするんですよ。まあサラリーマンしてるとよくあることですよね。

原因の一旦はこの私にあります。これは紛れもない事実です。私が悪い部分もあることは確かなので他人のことをは言えません。しかし、それ
にしてもどうにも納得できないことがあります。筋が通っていないことにはどうにも賛同できないんです。これがとにかくつらくて苦しいんですよね~・・・

すまじきものは宮仕え

と昔から言いますけど本当にその通りなんですよね。サラリーマン生活(宮仕え)を決して侮ってはいけません。職場の人間関係なんて一歩間違うとすぐに地獄絵図ですから。以前とある本を読んでいましたら、会社員の男性が職場の複雑な人間関係に巻き込まれて悩み苦しんで最後は焼身自殺を図ったという実話が載っていました。確かに普通はこんなこと絶対しないと思いますけど苦しい時って本当に心の中が炎に包まれるくらいの気持ちになる時ありますよね?

岸見一郎さんという方がアドラー心理学を紹介した「嫌われる勇気」というベストセラーの本はご存知でしょうか?

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

この本の中に「人間が抱える全ての悩みは人間関係がもとであり、それ以外にない」というようなことを書いていますが全くその通りなんだと思います。人間は他人との関係の中で悩むんですよね。そして、最終的にはそれを解決するすべはほとんどないんですよね。自分が簡単に変わらない様に他人も変えられないですから。

ということで天国と地獄の毎日です。皆さまも人生が苦しい時があると思いますが決してめげずに乗り越えていきましょう。みんな人間関係に悩み苦しんでいますし、そこから逃れることはできそうもないんですから、落ち込まず明るく前向きに生きていきましょう。

靴は大事だよ!

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日本という快適で豊かな先進国で普通に生活していると時として当たり前な幸せを忘れてしまうことがある。そして、それは不幸なことでもあるのだ。

我々は毎日当たり前のように靴を履いて生活しているけれど、靴を履けることって全然当たり前のことじゃないですからね。

私がインドを旅して最も衝撃的だったことは、裸足の人達が多いということであった。彼らは貧しいから靴が買えないのである。
これって、言葉にしてみると当たり前のことに感じるけれど現地でそうした人達を目の当たりにすると結構衝撃的なことである。インドという国は一言で言うと汚い国である。ゴミがそこら中に散乱し、ありとあらゆる生き物たちの排泄物が地面に落下している状態である。

そんな汚い道を裸足で歩くって並大抵の決意がないとできないことである。しかし、インドの貧困生活者の中にはそれを受け入れて生きていかざるを得ない人達がたくさんいるのが現実である。インドの貧困層(特に路上生活者)にとって靴を買うことは全然簡単なことではないのだ。我々日本人であればブランドものではない安い靴を1000円程度で手に入れることはたやすいことである。しかし、インドの貧困層にとってはそれが困難なことなのだ。一日頑張って働いても手に入れることができるのは数百円程度。それで一家が生活していかなければいけないのだから食べ物を買って残ったお金で他の物を買いたくてもなかなか買うことができない。食べ物の次に最低限必要なものは洋服などの衣類だろうからどうしても靴を買うのは後回しになり、結果的に裸足で生活せざるを得なくなるのだ。

インドは一般的に暑い国であり、サンダル履きの人も多い。日本ならたかだか数百円程度で買えそうな安いサンダルですら買えずに裸足でいることの切なさやみじめさや危険さというのは我々のような豊かな国の人達からすれば想像すらできないことなのかもしれない。インドのコルカタを訪れた時に人力車がたくさんいてその車夫達の足元を見たら6~7割位の人達がサンダルを履いていて3~4割の人達が裸足であったことに衝撃を受けた。リヤカーに人を乗せて道路を歩きまわることを生業とする車夫の人達ですら裸足なのである。これは想像を絶するほど凄いことだ。彼らは趣味で裸足でいるわけではない。単純に貧しくて靴が買えないだけなのだ。お金があれば絶対にすぐ靴を買うことだろう。インドの道路は極めて汚く、危険なのだから。

ということで、靴を履けることは幸せなことであるということをもっと認識した方が良いように思う。インドの貧困層にとって靴は高級品なのだ。人間はパンのみにて生きるのではない。とはイエス・キリストの名言だが、本当にその通りだと思う。とりあえず靴を履けることに感謝して生きてみよう。

早稲田か慶應か

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早稲田大学慶応義塾大学と言えば誰もが認める日本の私立大学の最高峰であり、ツートップある。早稲田や慶應を目指して日々受験勉強に励む高校生や浪人生は非常に多い。

そんな私も高校時代は早稲田や慶應を目指していたと言ったら嘘になる。私の学力ではとても太刀打ちできる状態ではなかったから最初から目指すレベルではなかった。しかし、私の父親からは鬼のようなことを言われていてそれは「私立大学は金がかかるから無理だけど、早稲田か慶應なら行かしてやる。」という言葉だった。

お金がなくて私大に行けないという経済事情はよくわかったが早稲田か慶應なら行かしてくれるっていったいどういうこと??

ということで父親から「大学は基本的に国公立のみ、どうしても私立に行きたいのなら早稲田と慶應だけ許す」という厳しい条件が課せられた。しかし、結果としてとても早慶に行けるレベルではなく国立大学にも落ちて中堅の私立大学に通うことになった。息子の学力を不当に高く見積もり過ぎた親父に一泡吹かせた結果になったわけだ。バカ息子を持った親父ざまあ見ろということである。

私の父親早慶なら行かしてやると断言したのには理由があるのだ。父親は高校時代東大を目指して猛勉強をしていた。そして、結果的に不合格であった。併願校の早稲田と慶応を受けて早稲田は不合格、慶應は合格となり、晴れて慶應に入学できたのだが実家が貧乏でとても4年間の学費は払えそうもなくすぐに退学、再度国立大学を目指して受験をやり直すことになり、翌年(東大ではない)国立大学に合格し通うことになった。その時の無念さもあるのだろう。しかし、それをバカ息子に押し付けるのは浅はかである。

東大受験生の多くは早稲田や慶応を併願先として受験する。そして、東大に不合格となった場合、浪人して翌年も東大を目指すか、早稲田か慶應に受かっていればどちらかに進学するケースが多い。ここで注目すべきは早慶ダブル合格となった場合どちらを選ぶかということである。

早稲田VS慶應というと長年受験生の中でバトルが繰り広げられてきたが最近ははっきりとした形で決着がつけられていて、慶應の圧勝である。早稲田と慶應にW合格した場合、統計的には8割の生徒が慶應を選ぶのだ。私が高校生だった17~18年前くらいまではほぼ互角かやや慶應リード位のイメージがあったが今や慶應が1人勝ち状態らしい。

早稲田大学慶應大学は小学生からお年寄りまで誰もが知っている超有名難関私立大学であるが、校風が全く異なるのが面白い。

早稲田というと最近はそうでもなくなってきたもののバンカラなイメージであり、いわゆる「庶民」の大学である。そして、スポーツが強くて「俺が俺が」とグイグイ社会をリードしていく卒業生が多い。良くも悪くも個人主義的な校風である。

一方で慶應は金持ちでおぼっちゃんのイメージが強く、実際に富裕層に支持されている大学である。慶應大学と聞くとお洒落でハイソなイメージを抱き、金持ちの子息が幼稚舎から通っているイメージが強く、卒業生もどこか余裕があって「俺が俺が」とグイグイ引っ張っていくというよりも一歩引いて冷静に様子を伺う感じがある。(慶應卒でも小泉純一郎元総理のようなグイグイ型のタイプは例外)

もちろん、こうしたイメージはあくまでも一般的なものであって現実は違うという声も多いだろうし、卒業生の中にも色々なタイプがいるのは当たり前だから一概に一括りにできるはずがない。実際には早稲田に通っている金持ちやおぼっちゃんもたくさんいるし、慶應に通っている貧乏学生もたくさんいるのだ。校風と真逆な学生がいるのもまた面白い。全体で一つの社会を形成している。日本と聞いて世界の人達がするイメージはトヨタやホンダなどの自動車やソニーやシャープなどの電子機器などハイテクの先進国という感じだろうが、実際には機械音痴がたくさんいるのもまた事実である。

さて、私が高校時代に戻って仮に早稲田と慶應の両方に合格したならどちらに進学しただろうか?これは間違いなく早稲田である。私は完全に庶民派であり、お坊ちゃんではなく貧乏で、俺が俺がとグイグイ生きるのが好きな個人主義者であり、早稲田のイメージに近いのだ。どう考えてみてもお洒落な慶應ボーイにはなれないタイプの人間だと自認する。実際に高校時代は慶應に全く興味がなかった一方で早稲田には興味があった。早稲田の雑多な感じに憧れを抱いた時期もあった。しかし、結局学力的に無理だったので両方とも受けなかったけど。

早稲田というとラグビー早明戦箱根駅伝に代表されるようにスポーツのイメージが強い。スポーツ科学部というユニークな学部もある。一方で慶應福沢諭吉創立者であることもあるがスポーツよりも学問のイメージが強い。東京6大学野球早慶戦も有名だがラグビー箱根駅伝などいわゆる大学スポーツに強いイメージはあまりない。

恐らく早稲田の学生は慶應に対してライバル心を強く持っているのではないだろうか?一方で慶應の学生はそれほど早稲田に強いライバル心を持っていないのではないだろうか?それは余裕からくるのだろう。慶應ブランドの方が強いという自負に支えられたプライドみたいなものである。ちなみに私の親友も慶應卒だがどこかいつも余裕があり、自己主張が強いタイプではない。どちらかというといつも控えめなタイプだ。一方で私はいつもガツガツしていて闘志が強い。

そう言えば先日、世界7大陸最高峰最年少記録を更新した南谷真鈴さん(20歳)も早稲田大学政経学部の学生である。早稲田の学生は良くも悪くも野心家である。私がやってやるという強い自意識を持っている感じがある。

ってことで「早稲田か慶應か」を比較してみましたが引き分けということになりましたが何か?

終了!!