人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

明日死んでしまうなら今日は何をするか?

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明日死んでしまうなら今日何をするだろう?って考える時がある。

とりあえず絶対しないことは仕事である。

もうすぐ死んでしまうとはっきりわかっているのに仕事をしてお金を稼いで何になろう。

仕事を頑張って他人に認められて満足して何になろう。

明日には死んでしまうのだから仕事などという馬鹿げたゲームにうつつを抜かすのはアホらしい。

自分ならすぐに空港に行って海外に飛び立つ。

最後は大好きなタイのバンコクで迎えたい。

バンコクは自分にとって特別な場所だ。このクソゲーみたいな人生に一条の光を差してくれたのである。

どんなに仕事が嫌でもあほらしくても海外に飛び立つことで一時的にそれらを忘れることができた。そしてそのきっかけを作ってくれたのがバンコクであった。

バンコク以外ならフィリピンやインドネシアなどのビーチに行ってのんびりしながら最期を迎えるのも良いと思う。

いずれにしろ仕事をしないことだけは確実だ。

でも明日死ぬかどうかわからないから明日もまた仕事をしに職場へ行くのだ。

これって最強の矛盾である。

明日死んでしまうとわかっていれば絶対にしないことなのに死ぬか生きるかわからないからこそ嫌々ながら仕事をしなければいけないのだ。

やはり、俺の人生って半奴隷だよな。

海に墜落していったマレーシア航空の乗客達は死ぬ直前何を思ったのだろう。

彼らの中の誰一人として搭乗前夜に自分が明日死んでしまうと知る者はいなかったはずである。

テロによるものか機長の自殺なのか、ただの事故なのかは今や誰にもわからないが明日死ぬと知っていて最後の晩餐を迎えた可能性のある人はテロリストか機長くらいのものだろう。

死というものは誰にもわからないし、不意に背後から襲うものだ。

対策などできやしない。

死ぬ確立を減らすような対策はできてもその先数十年後にいずれ死ぬことを回避する対策は立てられない。