人生とは旅である

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悪意とは何か?小保方氏の会見より

今回の小保方晴子さんの会見を見て思ったことは悪意とは何か?ということである。

小保方さんは記者会見でしきりに今回のSTAP論文において悪意はなかったこと、自分の研究者としての未熟さが論文のミスを生み出し今回の騒動につながってしまったことを訴えた。

これを通して彼女がさらに何を理研に伝えたいのかというと『私を解雇しないで欲しい』という思いである。

まだまだ理研で研究者として働いていきたい様子が伺えた。

それはさておき、『悪意』とは何だろう??と思った。

悪意とは個人の主観的な感情に過ぎない。客観的に誰が見ても一目瞭然な形でこれだと断定できる類のものではなくただ何と無く了解されているものに過ぎない。

よって悪意があるかどうか、悪意があったかどうかを証明することは現時点の科学の成果を持ってしても不可能なはずである。

つまり、私には悪意がなかったと言えばそれまでである。では悪意がなかったことを証明してくださいと言われて当人はどのように証明できるのかというとやはり状況証拠や結果から周囲が推察するしかない。

今後、小保方氏が自身の提出したSTAP論文について不正や捏造がなかったことを証明するためには今回の会見のようにただ『私は悪意があってやったわけではない』と叫ぶのではなくどうして間違えてしまったのか論理を用いて説明していくことと実際にSTAP細胞が作れるのであれば実際に公の場で作って証明して見せることが必要だと思う。

悪意があったかどうかなんてものは結局わからないし、検証のしようがないのだ。

殺人事件の時などによく問題になる『悪意』についても最終的には本人にしかわからないのだから周囲は状況証拠によって強引にでも結論づけざるを得ないのだから。

それは置いといて理研は早く小保方さんを辞めさせたいんだろうなあと思う。

失礼な言い方だが小保方さんのような未熟でレベルの低い研究者を雇ってユニットリーダーを任せてしまったことを激しく後悔していることだろう。

確かにそういう未熟な研究者に自由にやらせてしまい大失態を招いた責任は理研側にもあるとは思う。

でも、これは想定外だったのだと思う。まさかこんなにレベルの低い研究者が理研にいるとは想像もつかなかったのではないだろうか?

そういう意味で私は小保方さんに対してではなく理研に対して同情する。

大学院の博士課程まで出ている人間が論文の書き方一つ知らなかったなんて普通はあり得ないからだ。

小保方さんは会見で『自己流で走ってきてしまった』と言っているがそれこそ研究者として絶対にあってはならない態度そのものであり、未熟さそのものだと思う。

高校生や大学生までならそれで通用すると思う。

むしろ大学生までに自分の未熟さやレベルに気づきそれを直せないのであれば大学院に行ってさらに研究者になってプロとしてお金をもらってはならないと思う。

科学の世界は客観的な記述が絶対であり、そこが穴だらけだったりミスだらけだったりしたらもうそれだけで悪意の有無に関わらず適正なしとして葬り去られる運命にあるのだ。

小保方さんはそこら辺の事情をまるでわかっていなかったようだ。

今後、科学者にしがみつかずすぱっと理研を辞めて転職したらどうだろう??

多少世間的に有名になってしまったものの早稲田の博士まで出ているのだからそれなりの仕事はあるだろう。

アピール力はあるので学校の先生や塾講師で子供を教える仕事なんかは向いている気がする。

ここはすぱっと辞めて新しい研究者の卵に道を譲るべきだと私は思う。

ここまできて科学者にしがみつくのはみっともないと私は思う。