人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

20歳の頃

評論家立花隆さんが監修した本に「20歳の頃」と言う本があるのだが、この本を20歳の頃に読んでいた。

私が20歳の頃と言えばまだ大学生である。

私は東京のとある私立大学に通っていた。

地元が地方都市であったから東京で1人暮らしをしていたのだ。

あの頃は全てが新鮮であった。

何よりも自分には無限の(????)可能性があるとまだ半ば本気で信じていた。

その頃から「自分は今何をすべきか?」ということに関心があって、その手の本を読んでいたのだがその中に「20歳の頃」という本があった。

この本は東京大学の立花ゼミの学生達が各界の著名人等に20歳の頃何をしていたか?どんなことを感じていたか?等についてインタビューしそれをまとめたものなのだが個人的にはなかなか面白く参考になった。

参考になったと言っても結局のところ私は社会的な面でも個人的な面(小さな目標という意味)でも何1つ成功していないし(ほとんど失敗続きの人生だったし)何も偉そうなことを言えるほどの成果は挙げられていない。

しかし、成功者の道筋を辿っていくと要所要所で大きなターニングポイントとなる時期があるものだし、それが20歳の頃だったりすることも多くそういう意味で面白かったのである。

あの頃の自分はひたすら青かったと思う。

自分に可能性があると本気で信じられたのだから青かったのだ。

今となっては笑えてくるが本気であった。

そして、それが楽しかったし、それが素晴らしかったのだ。

まあ、世間では若気の至りだったり若さの特権だったりするようなところだろう。

こんな私にも青春があったのだと思うと少し嬉しくなる。

あの頃は自分の可能性を広げるために本当にありとあらゆることに挑戦しまくっていた。

特に大学の4年間は今では考えられないくらい色々なことに手を出していた。

海外一人旅を本格的に始めるのは社会人になってからであったが、大学を卒業する頃にはその下地となるようなものを己の中に育んでいたという感じである。

ほとんど9割5部くらいは失恋に終わっていたけど恋もたくさんした。

20歳の頃、女の子というのはとっても神秘的な存在で崇め奉る存在であった。

全然何の才能もセンスの欠片もないテニスに手を出してみたのも20歳の頃(正確には19歳の頃)であった。

しかし、錦織圭のようにはなれなかった・・どころかわずか1年も経たずにやめた。

憧れのテニスサークルに入ったのだが全然うまくならず女の子とも仲良くなれず浮いてしまって自然に自分から離れていった。

自分にはテニスと縁がなかったということだろう。

私の20歳の頃はトライ&エラーの連続であった。

1つのことに賭けるべく才能や忍耐力等が全然なくてとりあえず身の回りの興味のあることに片っ端から手を出す感じであった。

そしてそのどれもが中途半端に終わった。

その挑戦と失敗の繰り返しの中で自分というものが徐々に確立されて今に至っているのである。

その下地作りをせっせとしていたのだ。

東京の大学に行ったのは結果的に大正解であった。

高校生の頃、東京への憧れなど微塵もなくてずっと地方の国公立大学に行きたいと思い続けていた。

しかし、大学入試で前期、後期で両方とも地方の国立大学に落ち、中期で地方の公立大学に引っかかったもののどういうわけか滑り止めで受けた東京の私立大学に行くことを決めてしまった。

最初は東京に行くのも東京で大学生活をするのもとても嫌だった。

自分が生まれ育った田舎ではない他の都道府県の田舎の国立大学に行ってのんびりとした大学生活を送ることへの憧れがずっと消えなかったのである。

でも、私には結果的に東京と縁があったのである。

大学4年間という貴重な時間を東京で過ごしたことは本当に大きかった。

東京で過ごしたトライ&エラーで何事もうまくいかなかった中途半端で憂鬱な4年間があったからこそ今の自分があるのだ。

そしてその今の自分こそが人生に失敗しているほとんど落伍者として転落人生を歩んでいるこの自分なのである。

今の状況を知った上で20歳の頃に戻れたとしたらどうするだろうか?

やはり、同じことをするのではないだろうか?

安心して沈没するのではないだろうか?

人生所詮暇つぶしである。成功も失敗も概念である。

結局、自分は自分でしかない。

自分の遺伝子DNAの能力の範囲内で人生をやり繰りするしかないのである。

自分のDNAを他の人と取り替えることが簡単にできてしまうのならまた話は違ってくるがそれができない以上、自分は自分でありそれを代えることはできない。

それならもう、開き直って諦めるしかないのである。

自分のDNAは明らかに人生を失敗させる素質しかもっていなかったようだ。

それでも挑戦できた20歳の頃は若かったし楽しかったと今は思えられるから幸せだ。