人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

仕事とはただの暇つぶしである

私は社会に出てから何回も転職し色々な職場で働いてきた。

これは人によって色々な見方ができる。

色々な職場で多様な経験を積んできて羨ましいという人もいれば、堪え性がなくて忍耐力がなくて仕事を長く続けることができない人と見る人もいる。

これは両方とも当たっていると思う。

自分自身を振り返ってみてもその両方があるのだ。

飽きっぽくてすぐに嫌になって投げ出してしまって転職しているというのもあるし、新しいことに挑戦して色々な職場で仕事をすることで経験値を高めたと言うのもある。

ただ、どちらにせよ私が持ち続けてきた思いというのは一貫していて「自分はお金のために1つの職場で我慢し続けるという生き方はできそうもないので、せっかく一度きりの私の人生なのだから色んなことに積極的に挑戦してみよう。その一環として転職して色んな職場で色んな人と働いてみよう」という風に考えてきたのだった。

そして、実際に色んな職場で仕事をして経験値を高めた。

暇で楽な職場やめちゃくちゃ忙しい職場、体力的に楽な職場ときつい職場、人間関係の良い職場や悪い職場、給料が良い職場や悪い職場、家から近い職場や比較的遠い職場・・・

これら多様な経験を通じて感じたことは結局のところ仕事とはただの暇つぶしに違いないということである。

よくよく考えてみると人生ってものは丸ごとそのまま(死ぬまでの)暇つぶしと言っても良く、そうであるならば仕事なんぞ完璧に暇つぶしでしかない。

そのように考えているこの私が、新しい技術を開発してもしなくても、他人が嫌がる仕事を積極的に引き受けても受けなくても、他人より頑張って早く昇進してもしなくても、めちゃくちゃに働いて評価されてもされなくても、忙しさに忙殺されてもされなくても、暇で暇で仕方なくても・・本当に何もかも全てどうでもいいこと、どっちでもいいことなのである。

結局のところ全ての生きる人間は必ず数十年後(遅くとも100年後)には死ぬ運命にあり、限界があるのだから仕事をどれだけやったところで虚しいのである。

確かに周りの人に「あの人は仕事ができる人だな」「あの人は凄い人だな」とか思われたい欲は誰でも持っているとは思うが結局のところ数十年もすれば死んでしまうことを考えればたかが数十年のあっという間にしか過ぎないこの人生で功なり名なりをあげて他人より少しばかり給料を多く貰ったところで心の底から虚しいだけだ。

それにはたと気付いたことで仕事に対して考え方が変わってきた。

もうどうでもいいや、どっちでもいいやと心の底から思うようになったのである。

所詮仕事は死ぬまでの暇つぶしでしかないこの人生の中の一こまにしか過ぎない。

たいていの人間は仕事をして金を稼ぐことで生きているため、仕事に重点を置きがちになってしまっているが、よくよく考えると私は別に生まれてきたくて自分で望んでこの世に生まれてきたわけでもなんでもなく、ただ気付いたら勝手に生まれさせられて仕方なく自分で稼ぐしかないから仕事をしてお金をもらって生きているだけである。

そもそも生きていなくてもよく、生まれてこなくてもよく、仕事をしなくてもいい存在なのである。

働かなければ飯が食えないから嫌々、やっているだけなのだ。

それを常に頭の片隅に置くことでだいぶ心が軽くなった気がする。

割り切って考えてしまえば仕事なんてものは本当にどうでも良いものだと気付く。

最低限、他人に迷惑をあまりかけないように気配りや努力をしながら必要最低限のことだけを行って、定時になったらさっさと帰宅し自分が興味のあることや好きなことをやって暇を潰して気付いたら死んでいたというのが理想である。

何の特別な才能もないし仕事に対しての情熱もないので余計にそう感じている。

もちろん、仕事に情熱をかけている人、命をかけて取り組んでいる人は素晴らしいと思う。

しかし、あの世にお金を持っていけないように仕事を持っていくこともできないのだ。

現世でお金をなんぼ持っていてもどれだけ仕事で成果をあげても、才能を持っていても名をあげていても死ぬ瞬間になれば何も関係がなくなるのである。

ただ1人の人間が死んでいくという単純な事実が残るだけである。

先日亡くなった落語界の重鎮で人間国宝桂米朝さんもその功績から多くの人に惜しまれて逝ってしまったが、そのような凄い才能を持った国宝級の人間が死ぬのもニュースにもならないようなインドなんかの路上生活をしていたホームレスが死ぬのも1人の人間が産まれてきて死んでいくと言う単純さに比べればはるかに小さなことだと思う。

結局のところ人間の人生なんて大河の一滴なんだと思う。

大げさに考えることは何もないのだ。

ただ、ふと自分に産まれてきてあっという間に死んでいくというだけだ。

忍耐力があって数十年も同じ会社に勤めて定年を迎えようが、堪え性がなくて何度も何度も転職しようが結局のところ死んでしまう以上「同じ」だということである。

人間の存在なんてものはその位ちっぽけであるし、この自分は地球上にたった一人しかいない以上、生きているだけでもう充分凄いことをしているわけである。

単純に考えてしまえば良い。


桂米朝 「質屋蔵」 - YouTube