人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

私は別に生きていなくても良い

仕事が終わって今日も無事に家に帰ってきた。

転職してからというもの業務が凄く楽なためストレスも溜まらず身体の疲れもほとんどないため非常に楽で幸せである。

仕事にだいぶ余裕がでてきてさらに痛感していることは「私は別にこの世に生きていなくても全く問題がないだろう」という事実である。

私がこの世に生きている意味はただ単に「私が生きるため」だけである。

他人を生かすために私が生きているわけではなく、私が生きるために生きているだけである。

というのも、私が今すぐに死んでしまったとしても他人がただちに死んでしまうなんてことは考えられないからだ。

私1人が死んでこの世からいなくなったからと言って、正直なところ世間の誰一人困りはしない。

むしろ私を嫌っている人間は喜ぶくらいであろう。

私がしている仕事などいくらでも他人の力で取替え可能だし、フォローできる類のものである。

そして、私は今現在独身で子供もおらず養う家族もいない状態のため余計に生きていても死んでしまっても誰も困らない状態になっているのである。

そんな「生きていても死んでしまっても」本当にどちらでもいい状態の中でなぜ生きているのか?自分に問うてみると色々な理由はあるが結局のところ「死ぬのは苦しい」からだ。

死ぬときの艱難辛苦を思うと「まだ生きているほうがましだ」という結論に至るわけだ。

自分の可能性を探るためにやりたいことはほとんどやってきたので人生に後悔することはほとんど全くないし、もうこれから先何かをしたいと強く思っていることもない。

後は、さっさとこの世から消えて世代交代を図るだけだ。

冗談ではなく心の底からそう思っているのである。

人間というのは結局のところ遺伝子の塊であるから、ある程度寿命がきたらさっさとこの世から消えなければいけない。

もう30年以上も生きてきて今後も結婚して家族を持ったり、子供を作ったりする気もまるでないわけだから私の遺伝子もそろそろ終わりにして良いだろう。

心の底からそう思っているのだが死ぬのが苦しいから仕方なく嫌々生きているだけである。

まあ、こんなことをつらつらと思いながらいつか死んでいくんだろう。

人間の人生なんて儚いものだなあと思う。

たとえどんなに頑張って働いて業績をあげても成果をあげても有名になっても金持ちになっても友達をたくさん作っても恋人と愛し合っても子供をたくさん作ってもいずれは死んですべてと別れをつげなければいけないのだから。

この事実を直視して心の底から虚しくなるべきだと思う。

人間の人生など所詮虚しいものだ。

全く虚しさを感じていない人は死を直視するのを避けているだけだ。

もし自分の命があと一時間だとわかったとしたら一生懸命仕事を頑張るだろうか?お金をためようとするだろうか?他人のために一心不乱に働くだろうか?

もしそうする人がいるとしたらそれは全て自分の死の恐怖をごまかすため、紛らわすため、死から逃げるためだと思う。

本当に死を直視したら怖いからこそ仕事や貯金などに励んでごまかすことができるのだ。

自分が一時間後に確実に死ぬのに他人のために全力で仕事をしたところで虚しいからである。

結局人間はすべて自分のために生きているだけだ。

自分が可愛いからこそ、自分が不安になりたくないからこそ、自分がよく生きたいからこそ働いているだけだ。

私は別に生きていなくても良い存在である。

本当に本当に心の底からそう思っている。

私は生きていなくても良い・・どころか生まれてくる必要もなかった。

今は心からそう思っているのである。そしてそれで良いと思っている。

別に人生に意味はないと思うからだ。人生に意味があると思う人はそう思えば良いだけだが。