人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

生きるのはもったいないこと

毎日生きていて色々なことに気付く。

周囲を見渡してみるともったいないと思うことがたくさんある。

例えば、食べ物なんかを見てみるとどこのレストランやコンビニ、スーパーに行っても食べ物が溢れていて消費されるのを待っているがほぼ全て自分以外の他人のためのものである。

コンビニに寄って自分1人で消費できる量の食べ物などパン数個だったり弁当1個だったりおにぎり数個だったり、ごくごくわずかなものだ。

しかし、1つのコンビニにあれほど多くの食べ物で溢れているということは私以外の他人に消費されるのを待っているのである。

そして、商品の一部は毎日毎日消費されずに賞味期限を迎えて捨てられていくのである。

これが全国の何万件ものコンビニで日夜繰り広げられている。

人間1人が食べられる量などどんなに大食いな人であってもごくわずかなものだ。

世の中には食べ物が溢れているのに自分が消費できる量など本当にごくわずか。

どんなに食べたくても物理的に食べることができない。

結局身の回りに溢れている食べ物も工業製品なども自分のためではなく他人のために生産されていると考えていい。

つまり、自分1人が仮に今死んでしまっても他の人が困らずに問題なく死なずに日常生活が送っていけるようなシステムができあがっているのだ。

こう考えるとますます私が生きている意味がないように思えてくる。

別に私が生きていなくても良い様な気がしてくる。

少なくとも私が死んだところで誰も困らないし世の中は何の問題もなくまわっていくのだ。

生きているのは心の底からもったいないことだと思う。

かと言って死んでしまうのもさらにもったいない気がする。

自分1人が生きていて経験できることは常に1つのことしかない。

この一瞬にできることは1つのことしかない以上、それ以外の他のことが何もできないのだから私は原理的に世界をほとんど何も知ることができない。

だからこそ生きているのはもったいないと思う。

結局のところどんな人間も生きている以上ほとんど何も世界を知ることなどできないのだ。

この現実を見据えるとやはり、常に謙虚な態度で生きるべきだと思う。

私は世界をよく知っているなどと思うのは完全に思い上がりだ。

結局のところ一人の人間は何もわからないまま死んでいくのである。

自分のことすらよくわからないままあれよあれよと年を食って死んでいく。

傲慢になってはいけないなと思う。常に何も知らないことを前提に素直に謙虚に生きなければいけない。

そして、人生は心の底から虚しいと思うことも謙虚さを保つ上で大事な心持ちだと考えている。