人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

新宿御苑前のサンマルクカフェにて・・

朝に予定した通り午前中にジムに行って身体を鍛えて昼飯を食べて今は新宿御苑前に移動しサンマルクカフェにてオープンエアーの席でアイスコーヒーを飲みながら寛いでいるところ。

昼飯はインドカレー屋に行くつもりでいたが急遽予定変更し大好きなタイレストランのサムローイへ。

鶏肉のバジル炒めセットを840円で食ったが激ウマだった。

この店は知る人ぞ知る人気店で混むため11時の開店と同時に突撃した。

やはりタイ料理はどれを食っても旨い。日本のタイ料理屋は日本人好みに味付けを工夫している店が多いため現地で食うより美味しいこともある。

もちろん現地で本場のタイ料理を食うのが雰囲気も味わえて最高なのだが日本でタイ人が経営しているタイレストランに行くのも乙なものだ。

さて、今はこれまた大好きな新宿御苑前サンマルクカフェ。

ここは立地が最高で寛げるし大好きなカフェの一つ。

新宿に来るとほぼ必ず立ち寄るようにしている。

特にこの時期は暖かいからテラス席が最高だ。ここでこうしてブログを書いたり道行く人を眺めたりして物思いに耽ったりしながら過ごす時間は贅沢だ。

先程、新宿の街を歩きながら考えていたのが働く事についてである。

特に東京などにくると人がいくらでもいてレストランも店も有り余るほど溢れていて選択の幅は無限に広いのだがよくよく考えてみるとこのどれもが必要ない気がする。

各社が生き残りをかけて凌ぎを削り従業員は熱心に働いている様子が見受けられるのだがそもそも最初からこんなにたくさんの店が溢れていなければ競争も生まれない。

本当はなくても困らないという事実を一旦忘れてとりあえず無我夢中で頑張ることが美徳である。

仕事というものは不思議なもので実はほとんどやらなくてもいいようなものばかりである。

レストランも店もなければないで一向に困らないしマッサージ屋も自動販売機もなければないでなんとかなる。

コンビニなんてこんなにたくさんいらない。

車の種類もこんなになくていいし保険屋だってせいぜい数社あれば十分だ。

タクシーだってそんなに乗らないのだからあれほど縦横無尽に道路を走り回っている必要もない。

よくよく考えるといらないものが溢れている。

そしてその延長線上には自分という存在があり、自分の労働がある。

自分が頑張って働かなくても誰も困らないし世の中は問題がなく回っていくものだ。

しかし、この想像には一つの錯覚があって実は自分が生きているからこそ世の中が回るという想像ができるわけで自分が死んだ瞬間に世の中がうまく回るという想像そのものが消えてなくなるのだから本当のところはよくわからないと言っていい。

確かに周囲の人間がいきなり何人か死んでも別に私は困らずに生きていけると思うがこの自分が死んでしまったら自分が想像している世界そのものが消えて無くなるのだから、誰も困らないに違いないという想像は成り立たなくなる。

仮に自分が死んだら世の中の人はみんな困って窮地に陥るに違いないという想像をしている人がいたとしてその人は死ぬ瞬間までそう思っているに違いないが実際に死んだ後のことはわからないのだから生前の想像は検証ができない。

だから正確に言えば先のことに関して本当のところはよくわからないとしか言えない。

ただ、自分が死んで誰かが困ったとしても別に私が困るわけではないから何の問題もないし、誰かが多少困ったとしてもその人もいずれ死ぬわけだから数十年間程度困ることがあるくらいなので所詮はたいした問題ではないように思う。

そう考えると別に仕事なんて頑張らなくてもいいやと思えてくる。

私が頑張らなくても他に頑張りたい人はたくさんいるし、他の人が頑張らなくてもなんとかなることばかりである。

そんなことをつらつらと考えながら新宿の街をぶらぶら歩いていたのだった。

こういう無駄な時間をたっぷり持てることこそが贅沢なんだと思う。

だから新宿が好きなんだよ。