人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

人間が人間を作るということ

ちょっと前に前の職場の仲良かった人達と飲み会をやったのだがその時の参加者は全部で6名。

そのうち、結婚して子供がいる人が3名。

つい最近結婚した人が1名。

彼女がいて近いうちに結婚して将来子供を持ちたいと思っている人が1名。

結婚も、彼女もなくその予定も全くないのが私1人という感じだった。

私は、このブログに何度も書いているように結婚する気も子供を作る気も家庭を持つ気も全くなく、彼女を作りたいとも全く思っていない。

生涯独身で過ごしたいと強く思っている。

そんな中で前回の飲み会で周りの人を見渡してみたら皆、結婚して子供を持っているか今後子供を持ちたいと思っている人が自分以外全員だったことに単純に驚いたのだった。

皆、寂しいのか子供がほしい人が意外と多い。

私は子供がほしい人の気持ちが寸分も理解できない。

全くほしくないから。

自分1人で生きているほうがはるかに楽しい。

今後、ほしくなることも100パーセントないだろう。

これからいい人に出会えばまた気持ちも変わって結婚したくなったり、子供がほしくなったりするかもしれませんよとか言われたがそれは他人には当てはまっても私には絶対に当てはまらないと断言できる。

とにかく私は他人と1つ屋根の下というのが大嫌いなのだ。

常に自分1人で全部決めて自分の思うとおりに生きていたいという頑固な個人主義者且つ完璧主義者だし、自分の遺伝子が入った子供をこの世に誕生させることなど反吐が出るほど、想像が絶するほど嫌なことだ。

拷問に近いことである。

私は本当にやりたいことをほぼ全てやり尽くしてきたのでいつ死んでもいいと思っているから、安楽死できるのなら今からすぐでも死んでいいし、死にたいと思っている。

ただ、なかなかそうは問屋がおろさないから仕方なく生きているだけである。

本当にもう思い残すことがない状態なのだ。

だからこれ以上長生きしていくことに興味がないし、自分の思いを子供に託すという希望も皆無だし、誰かと一緒になって思い出を作りたいとも思っていない。

人生が全て嫌になってしまって厭世的で絶望的で死にたいというのとまた違って晴れ晴れと爽快な気分でやり残すことがないからいつ死んでもいいという気分である。

他人と飲み会などをやって関わりを持つと自分と他人がいかに違う価値感を持っているのか徹底的に思い知らされる。

しかし、なぜか気心知れて仲が良い状態にもなれるし人間というものは奥が深いものだ。

でも、いつも思うのはまわりにこれだけたくさん人がいて子供もそこら中にいるのにこれ以上、自分の子供を作って苦労して生きてもらうことにどれだけ意味があるのかと疑問に思う。

自分だけで十分な気がするのは気のせいかな?

そんなに人生が手放しで素晴らしいものだとはとても思えないし生きるって大変なことだと思う。

なのに人間は次々と自分の子供を作って遺伝子をつないでいく。

これは、1人の人間の意志などというちっぽけなものではなくもっと大きな力が働いているような気がしてならない。

それを神と呼んでいいのかわからないが、人間の英知を超えた大きな力が働いていてそれが我々を生かしている気もする。

かと言って、肝心なときに神様は何も助けてくれないことが多いし、この世は残酷なところだから神様なんてものはいないと考えていいし、いたとしても何の役にもたっていないと言っていい。

人間が人間を作るということ・・について考えてみました。