人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

過去はどこへ行ったのか?

過去ほど不思議なものはないと思う。

過去はどこに行ってしまったのか?

今まで生きてきてあんなことやこんなことをしてきて色々な思い出があるのだが、それはいったいどこにあるのか謎だ。

頭の中に記憶としてあり、それは色々な状況証拠からして確からしいのだが時間が経過して記憶が曖昧になればなるほど本当にあったのかどうか定かではなくなる。

ピンポイントで鮮明に覚えていることはいくつかあるのだがそれ以外はぼやけた曖昧なこととなり、はっきりと形が掴めない魔可不可思議なものとなっていく。

過去はどこに行ってしまうのか?

小学生の時の夏休み、近くの雑木林にかぶと虫を捕まえに行った。

友達と一緒に近くの用水路にザリガニを捕まえたり、ドジョウをすくいに行ったりした。

近所の公園でサッカーや野球をした。

その時は確かに無我夢中だった。自分の身体で皮膚感覚で取り組んでいた。だから間違いなく自分の過去の一部だろう。

でも、今となってみると本当にそんなことをしていた自分が存在していたのか?今の自分と同一の自分なのか?わけがわからなくなる。

過去とはどうも確からしいということはわかるのだが厳然とした形として残されているものではない。

あくまでも記憶として何となく残っているだけなのだ。

私は海外一人旅にそれこそ何十回も行き、色々な体験や経験をして数々の思い出を作ってきたのだがそのどれもが今この瞬間にはぼやけてしまっている。

あんなに感動したり驚いたりした強烈な体験の数々が今この瞬間にはまるで跡形もなく消えてしまっている。

人生というものはなんと儚いものなのだろう??と思う。

どんなに熱く生きたとしても過ぎてしまえばもうそれは過去になり、ほとんど何も後には残らないのだ。

私が死んだ後、私は何もできなくなる。何も感じられなくなる。

私は本当に生きていたのか?私は一体誰でどこに行ってしまったのか?

最初からいなかったのではないか?検証することすらできない。

私を私として皮膚感覚として感じることができた唯一の存在である私が死ぬと私はいなくなってしまう。

私は本当に生きていたのか?生きているのか?何もかもわからなくなる時がある。