人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

人間がそこら中にいる

周りを見渡すと人間がたくさんいる。

これは凄いことだ。

自分は人間に囲まれて生きていることがよくわかる。

どこに行っても人間がうじゃうじゃいるって凄いことだと思う。

それぞれが自分とよく似た人間であり人種的にも似た日本人であり、同じ言葉をしゃべりながら全然違う仕事をして全然違うところに住んで、全然違うことを考えながら生きている。

そして皆、平等に24時間、365日、数十年を生きてあっという間に死んでいく運命にある。

昨日は、暑かったからプールに行った。

子供達が水泳教室でプールに来ていた。

その子供達を見ていてなんだか虚しい気持ちになった。

この子達もこれから面倒くさい人生を送って苦しみながら生きていくのかと。

というより本当に人生は必要なのか?という素朴な疑問を子供達に感じてしまった。

そこまでして生きていく意味はあるのか全然わからない。

確かに自分も数十年前までは小さな子供であってわけがわからないまま小学校、中学校、高校、大学、社会人と大きくなってきた。

その過程で何度も自殺したいと思うほど悩み苦しんできた。

その結果どういうわけか今、死なずに生きているわけだがこの人生の意味はなんなのかが皆目わからない。

子供達は大変だ。これからまさに、あの過酷な人生がスタートしていくのだから。

その点、自分はもう余裕である。

いつ死んでもいいと思えるまで充分に経験を積んだし、やりたいことも一通り全てやったし、嫌な思いもしたし、自殺するほど何度も苦しんだし、友達や親友もできたし、思いでもたくさんできたし、金も稼げたし、家族とも思い出を作ったし何も遣り残すことはない。

ここに至るまでは充分すぎるほど苦しかった。しかし、自信はついた。

最悪な状況と言っても死ぬくらいだが、死ぬことすら別にどうだっていいのだから怖いものはないのだ。

別に誰かに恨みをかって殺されたっていいと思っている。でも、殺されることはほぼないと思うが。

本当に人間は成長しているのか?

成長しているならなぜ、こんな馬鹿げたとも思える苦しい人生を何度も何度も繰り返さなければいけないのか?

人生は修行に例えられる。確かに修行だろう。修行するために産まれてきたと言われるとなるほどそうなのかと思う。

しかし、なぜ修行しなければいけないのか?と言われると途端に暗雲が立ち込める。

とにかく修行だから我慢しろと言い聞かせて今日も生きていくしかないのか?

とりあえず今日のスタートだ。