人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

今の為に今を生きるのか?明日(未来)の為に今を生きるのか?

今を充実したものにしたいとはほとんどの人が思うことである。

今は、今でしか感じられないものであり過ぎ去ったら二度と取り返すことができないからである。

しかし、本当に今だけを大切に生きることは難しいことである。

人間は将来にわたって安定して生きたいと考えている生き物だから。

今だけでなく将来も安定した生活をしたいとなると今を犠牲にする必要が出てくる。

今は将来の為にあるのだと自分に言い聞かせ我慢を強いることになる。

いつしか将来の為に今を我慢することは美徳だと考えるようになり、今の為に今を生きているのか、将来の為に今を生きているのかわからなくなる。

本来的には、今の為に今があるはずなのにいつしか将来の為に今があるのだと関係が逆転してしまう。

こういう矛盾を抱えながら人間は日々生きている。

悩んだ時どうすればいいのか?

心の声を素直に聞くべきだと思う。

自分は本来どうしたいのか?

今何をしたいのか?と自分で自分に問い、素直になれるあり方を選択すべきである。

私はいつもいつも今が一番重要だと思っているし、将来の為に今を生きるのはおかしいと思っている。

将来の為に犠牲にすべき今など必要ないと思っているし、今を充実させられない人が将来を充実させられることなんてできないと思う。

それでも将来が気になって仕方がないのは何故なのか❔

それは遺伝子の自分に対する挑戦だと思っている。

遺伝子はできるだけ長く個体を安定的に保持したいと言う生物学的本能を持っている。

その本能に対して私は常に挑戦している。

本能は自分と言う個体を長生きさせようと企み、心の内部から突き上げてくるが私は心の底からもういつ死んでもいいし、長生きしたくないし、安定した人生を送りたいと思っていないし、自分の遺伝子を後世に残したくないし、将来の安定の為に貯金をして安心したくないと思っているから静かに抵抗を試みているわけだ。

私は今という時間を心底大切にしたいのだ。

無駄にしたくないのだ。

将来の為に今を犠牲にしたくないのだ。

長生きしたくないのだ。

生きているのならただ、今だけを自分が思うように自由に使いたいのだ。

それが積み重なった結果として生きていればいいだけである。

何歳まで健康に生きるために今はこうしているとかこうしたいとか考えて生きたくないのである。

私は心の底から海外一人旅をしたかったから過去に貯金は全てはたいて数十回以上海外 を旅してきた。

仮にそれらの旅を全てやめていたらその分のお金が数百万円以上貯金として残っていただろう。

しかし、私は絶対にそうしたくなかった。

私にとってその時にした決断と言うのは何よりも重いものであり、他のことでは絶対に代替できないことを直感的に感じていたからである。

私にとってお金なんてものはどうだって良かった。

今、やりたいと思ったことは全力でやらないと気が済まなかった。

安保法案で政府が言う存立危機事態のようなもので私にとって海外に行くという決断は自分にとっての存立危機事態のようなものから出た決断であった。

今となってみると何一つ後悔していない。

よく雑誌なんかでやっている特集に老後に貯金はいくら必要かというものがあるがそんなものは結果論である。

人間の人生なんて結果論として今、生きているかどうかというだけだ。

結果論として私は今ここにこうして生きているというだけの話であり、この先、生きている必要も全然ないと感じているし全ては終わってみないとわからないと思っている。

特に私は男である。

自分が死んでしまっても他の男が子孫を残すだろうから安心して死ねるのだ。

これが女性となるとどうしても産む性としての役割や本能的なものがあるから一言で片付けることはできないかもしれない。

だから女性は現実主義なのだと言ってしまうとそれまでなのだが男などというものは一人死のうが二人死のうが人類の繁栄には何ら問題のない存在なのである。

気楽と言えば気楽だし、虚しいと言えば虚しい。

しかしだからこそ男は自分のの意思で今の為にのみ生命を燃焼させることができやすいのではないかと思っている。

守りに入らなくても問題がないから。

この優位性を最大限活用していこうと思っている。

私には家族も、子供も、両親も、友達も、恋人もマイホームも、貯金も必要ない。

私は今自分がやりたいと思ったことだけをやって死んでいければいい。

その為だけに生きたい。

幸運なことに有言実行でこれまで自分のやりたいことをやり、思ったことを思った時にやって生きてこられた。

これからもこのやり方を変えないし、それができなくなったら死ぬだけだから簡単なことだ、

生きることにしがみついて今を犠牲にしたくないからである。