人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

気持ちの良い朝

渋谷のカプセルホテルでぐっすり眠り気持ちの良い目覚め。

今日は東京2日目、快晴で最高の気分。

早速チェックアウトし、近くのオシャレなカフェへ突入。

凄く幸せな気分だ。

やはり仕事がない日というのは最高に気持ちが良い。

今の職場、決して嫌いでないしとても働きやすくて雰囲気が良いので文句はないのだけど、人間って生き物は贅沢で毎日のルーティンに縛られると思うだけで暗雲が立ち込めた憂鬱な気分になる。

今日も明日もそうした憂鬱感から解放されるのだと思うととても幸せだ。

しかも晴れ渡って清々しい。東京の外はもうだいぶ涼しい。

しかし、まだ寒いというほどじゃないからちょうど良い。

今日は大好きな新宿への移動だ。

昨夜は久しぶりに渋谷を色々と歩いてみた。

オシャレな街で好きだ。このごみごみ感がたまらない。

カフェもたくさんあって暇つぶしにも事欠かない。

一日でも多く、「幸せな瞬間」を多く感じる日に恵まれたい。

どうせ死ぬのだから。

一日惨めな憂鬱な気分で過ごして終わるのとすっきりと楽しく終わるのとでは全然違う。

環境を変えるのはとても大事なことだ。

同じ地域で同じような環境で過ごしていると何が悪いって、仕事のことや人間関係のことであれこれ思い悩み無駄な浪費をしてしまうからである。

特に私は過去の自分の言動を思い悩む時間が長い。

あの人にこんなことを言って傷つけてしまったとか、あんなことをしなければ良かったとか数年も前にまで遡って後悔してしまうこともあるくらい。

そんな前のことなど相手だってなんとも思っていない可能性が高いのに自分の中では消化しきれずに残っていて思い出しては悔やむことも多い。

しかし、そうした苦悩と煩悶と後悔から導き出されたものがあってそれは「人間とは存在自体が悪」であり、絶対に正しいあり方などないのだということである。

どんな人間も存在している以上、誰かを苦しめ、傷つけるし、誰かどころじゃなくて他の生物を食べて生きる以上、他生物も苦しめている。

そういう意味で皆、平等に苦しみを負っている。

人間とは皆孤独だし、存在している以上何かしら悪いことをしているんだと思うと自分ばかり悪く思って責める必要もない。

すべては論理的に考える必要がある。

感情的になってくると周りが見えなくなってドグマにはまる。

全ては死ぬまでの暇つぶしである。

気楽に暇つぶしを楽しむ気概を持って生きていこう。