人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

解禁してほしい名曲

8月末にインドネシアバリ島に行き、ジンバランというビーチのオープンカフェで波の音を聞きながらインドネシア料理を食べてまったりしていた時に、現地人の砂浜を流しているミュージシャンがやってきてこの曲を演奏した。


TSUNAMI サザン桑田 - YouTube

ちなみにイメージが掴めない人の為に説明するとインドネシアやフィリピンなどのビーチには流しのセミプロミュージシャンがいて観光客相手にギターなどを弾き語りしてチップを稼いでいるグループがいて時々まわってくるのである。

日本のビーチにはまずこういう人はいないから貧しい国特有の商売なのかもしれない。

バリ島のジンバランで突如現地ミュージシャンが日本語でTSUNAMIを弾き語りしているのを聞いた時に、物凄い懐かしさに襲われた。

実を言うと私はサザンのTSUNAMIが好きであった。

サザンは別に詳しくないがTSUNAMIは好きでカラオケなどに行くとよく歌っていたのだ。

しかもTSUNAMIがヒットしていたのは私がまだ大学生の頃だ。

TSUNAMIが聞こえてくると自然と懐かしい思い出が蘇ってくる。

しかし、2011年3月11日を境に状況は一変してしまい日本のどこに行ってもTSUNAMIが聞けなくなってしまった。

被災者の人達のことを配慮した自主規制である。

あれから4年以上が経過しだいぶ状況が変わっているのだからいい加減にこの曲を解禁してほしい。

TSUNAMIが大好きな人は日本全国にたくさんいるはずだ。

しかも、サザンのTSUNAMI東日本大震災津波とは全然何の関係もない。

サザンのTSUNAMIは基本的に恋愛に関する曲である。

日本という国は確かに自主規制過剰な国である。

少しでも公的な場で政治的なことを言うと中立に反するとして自主規制をかける動きすらあるほどだ。

それはさておきyou tubeですらサザンのTSUAMIがまともに聞けないなんていったいどういうことなんだろう?と思う。

この曲は間違いなく名曲である。

政治と宗教を切り離すことを政教分離というが、音楽と津波の被害を結びつけるのはいかがなものか?

津波被害の直後にこの曲ができたのなら確かに問題があるのだが、TSUNAMIの発表は2000年である。

東日本大震災の11年も前である。

TSUNAMIの被害者や遺族を配慮し冥福を祈るは当然のことだ。

それと音楽とは何の関係もない。

もっと合理的に考えてほしい。

アフリカなどで食糧がなくて飢餓で亡くなっている多くの人達のことを配慮し、冥福を祈るためにいかなる状況でも絶対に食べ物を捨てたり残したりしないなんて自主規制をしたらそれこそおかしな話である。

それとこれとは別なのだ。

バリ島のジンバランビーチで現地の人達から日本語TSUNAMIの生演奏を聴けたことはとても大きな喜びであった。

心の中で思わず大声で一緒に歌ってしまったほどだ。

TSUNAMIで惜しくも不本意に命を奪われた方は確かに可哀想であるが、私も近い将来確実に死ぬのである。

それもどんな形で死ぬことになるかわからない。

残念ながら私が運よく今回の震災や津波で被害を受けなかったからラッキーな人生だったなんてとても軽く言えない。

私も数年後に地震や水害で急に死ぬかもしれずそれは誰にもわからないし、致し方ないことだと思う。

少なくとも私は自分がそうした形で不慮な事故で死んでも他の人には何も気にせず元気に楽しく死ぬまでの期間を過ごしていただきたいと思っている。

私が死んでも私に配慮してもらう必要は全くない。

お互いに自分の首を絞めあう必要はないと思うし人生は可能な限り楽しむべきである。


インドネシア・バリ島・ジンバランビーチの夕陽 - YouTube