人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

人生とは自分を耐えることである

人生とは我慢と忍耐の連続であるが、極論すると自分という存在に耐えることと言っていいかもしれない。

誰しも自分で自分を選んで産まれてきたわけではない。

気付いてみたら自分であり、自分の持っている能力や才能や運や環境の中で生きていくしかない。

周りを見渡すと自分より優れた才能や能力や環境を持って生きている人がたくさんいて劣等感に苛まれそうになる。

自分を他人と比較すると自分の至らない部分がよく目立ち、隣の芝生が青く見えることになる。

しかし、結局のところ人間とは全員揃いも揃って不完全である。

完璧な人間なんてものは幻想である。

自分を耐え忍ぶことが人生である。

そして、自分を耐え忍んで生きているなかで「自分が自分としてこの世に生まれてきて良かった」と思える瞬間に出会うことが人生の目的である。

自分の人生は最悪であったと思いながら死んでいくのはあまりにも虚しく切ない。

そうならないように全力で努力する必要がある。

自分の良さを点検し少しでも良いところがあれば素直に喜べなければいけない。

私は劣等感とコンプレックスに苛まれることが多かったが最近は自分の良さを客観的に認識できるようになった。

私の良さは行動力である。

周りの人からも行動力があって羨ましいと言われるほど行動力があるタイプだと思う。

自分がやりたいと思ったら周りの人を吹っ飛ばしてでもやらないと気が済まない性質である。

簡単に言うとそれだけ強引で頑固で我儘なのだ。

しかし、世の中には美輪明宏さんが言うように「正負の法則」があり何かしらの正を得るためには必ず負を背負わなければいけない。

私には生まれ持った行動力という正があるが、その代わり頑固で偏屈で我儘で欲張りである。

そして、こうした人間は多少の尊敬の対象になることはあっても基本的には嫌われる。

やりたいことをやるとはこういうことなのだと思う。

前後左右の安全確認を慎重にしてから横断歩道を渡ろうとしても次々と車が来てしまい結局渡れないことがよくあるのだ。

こういう時は強引に車の流れを身体で遮って止めてから渡らなければいけない。

私が10年前に初めてベトナムホーチミンに行った時にバイクの洪水に驚愕した。

歩行者などが視界に入っても100%の確率でバイクが止まってくれないので、自分がバイクの流れに飛び込んで身体を張って道を強引に横切るしかなかった。

あの経験は自分に人生というものを教えてくれたと思う。

遠慮していたらやりたいことなんて何もできずに終わることになる。

やりたいことがあれば周囲の人間を吹っ飛ばすくらいの勢いで意思表示をして行動していかなければ駄目だ。

来年の1月には久しぶりにベトナムホーチミンに行く。

非常に楽しみである。

海外一人旅は周りからどんなに嫌な顔をされても行き続けてきた。

旅先で死んでも何も後悔ないだろう。

死んでもやりたいと思うことこそ本当に好きなことだと思う。


[ベトナム]ホーチミンシティを走るバイク - YouTube