人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

私の人生とはいったい何だったのか?

日々生きていると無性に孤独になる時がある。

そんな時に必ず頭を駆け巡る言葉は「私の人生とはいったい何だったのか?」ということである。

本当に心の底から私の人生は謎に満ちている。

もう産まれてからあっという間に30年以上が経ってしまった。

その間に実に様々なことが起こり、様々な苦難を乗り越え、様々な喜びを経て今に至っている・・はずである。

しかし、振り返ってみてもとても薄っぺらく感じられる。

過去にやってきた様々なことが物凄く小さく感じられる。

死ぬほど悩んできたこと、自殺寸前まで思いつめたことが全て嘘に感じられる。

腹の底から笑い転げたあの記憶が疑わしく感じられる。

毎日学校に通い仲間とともに必死に勉強したりスポーツをした子供の頃が遠く感じられ蜃気楼のような感覚になっている。

本当に私の過去はいったいどこに行ってしまったのだろう?

あれだけ色んなことがあったのに跡形もなく全ては幻影のように遠ざかってしまった。

そして、ここにいるのは今の私だけだ。

しかもこの私は過去の私とは全然別物なのだ。

そう考えると過去はいったい何のためにあったのか?といぶかしく思う。

過去と今は連続的につながるべきであるのになぜか断絶的なつながりを持っている。

あんなに楽しかった海外一人旅の思い出は全て遠い昔の懐かしい記憶でしかない。

どんなに手を伸ばしても届かない距離に眠っている。

なんとかして楽しい記憶を手繰り寄せたいのにどうにも手が届かずにもがいている。

ただただ目の前の今という現実をひたすら突き付けられているだけだ。

20歳の頃の若かりし頃の自分はどこに行ったのだ?

時の流れはあまりにも残酷である。

浦島太郎という有名な昔話があって子供のころはどこか自分とは関係のない遠い世界の作り話という気がしていたけど今や物凄く身近に感じられるほどリアルなお話になってしまっている。

毎日が長く感じられた小学校時代から急にワープして一気にここまで来てしまった感じすらある。

そんなこんなであっという間に死んでいくのだろうな。

そう考えるとなんだかたまらなく虚しくなる。

人生というジェットコースターに乗っているようだ。

目の前の光景はいつの間にかあっという間に消え去って行ってしまう。

今日の昼に手に届く範囲にいた身近な仲間はもう手の届かない遠くにお出かけしていった。

そして、ポツンと私一人だけ取り残されている感じがするのだ。

人間の人生って本当に孤独なものだと思う。

人間は孤独に耐えられないから社会を作るのだ。

こうやっていつの間にか死んでいくのだろう。

この虚しい気持ちもまたいつの間にか消えていくのだろうか?

人生はとても寂しく儚く切なく、もろいものだ。

とりあえず海外一人旅の楽しい思い出を返してほしい。

誰に取り上げられたわけでもないのに自分に向って叫びたい気分である。