人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

働くということ

「働く意味がわからない」・・こうした思いに駆られて虚しく仕事に通っている勤め人は世界中にたくさんいることだろう。

私自身もその虚しさから抜け出せないでいる。

そんな時に、黒井千次さんの「働くということ」を読むとモヤモヤしたものが整理される。

働くということ -実社会との出会い- (講談社現代新書)

~本文引用 p50~

  自分は国鉄職員であるから切符をきるのか、切符をきるから国鉄職員であるのか、と。

この問いの中には、仕事そのものと、仕事をする人間と、仕事の実現する場とを考えていく上での重要な契機が含まれている。

~中略~

毎日毎日繰り返し改札口で切符をきっている人間が、ある時ふと、俺は一体何をしているのだろう?と我が身を振り返る。

ほんの一瞬であったにせよ、そのような思いが頭をよぎるのは、自分の労働に対する疑問がどこかにひそんでいたからではないだろうか。
いや、その前にかかる自問の形をとって噴出したのは、実はある種の痛みではなかったのか。

満足とまではいわないにしても、自分で納得できる労働環境の中で、働きがいのある仕事に情熱を燃やすことのできる人間が、果たしてこのような自問を必要とするものだろうか。

手紙の主の提出した問題を突き詰めていけば第二、第三の質問が飛び出してくる。

もしも国鉄職員でなかったなら、自分は切符をきらないのか。

もしも職員としての給料を得られなければ切符をきらないのか。

もしも命令がなかったら、切符をきりはしないのか。

不正乗車していた乗客を発見した時、もしその人間を追いかけるとしたら、何が自分を駆り立てているのか。

~中略~
前の晩、何時に寝たかには関係なく、「サラリーマン」は毎朝決まった時刻に必ず起きださねばならない。出社時刻が一定である以上、ベッドを離れる時刻がそれによって決定されてしまうのはやむを得ぬことだ。

三つの事柄が「悪」として意識される底には、それが来る日も来る日も一様に繰り返されることへの嫌悪が秘められている。もしも、遊びに行くのであれば、朝早く目覚まし時計に叩き起こされても苦痛は感じないだろう。

胸躍る待ち合わせの場所への乗車なら、電車の混雑も気にはならずに済んでしまう。

~中略~
なんのために、自分は繰り返しに耐えねばならぬのか、と人が呟く時、彼の心の奥にうごめいているのは、ある種の欠如の感覚ではなかろうか。

~引用終了~

働くって本気で意味不明な行為です。

その意味不明な行為に対してなぜなのか?徹底的に考察して踏み込んでくれているこの本は良書だと思います。