人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

浅草より

昨日から東京一人旅満喫中。

今日は浅草に宿泊。

夜の浅草寺はとっても美しい。

f:id:ericrun:20160518203657j:plain

f:id:ericrun:20160518203721j:plain

昼の雷門や浅草寺は外国人や修学旅行生に溢れて活気があるが夜の浅草寺は人が少なく厳かな空気に溢れている。

日中は適当にカフェなどに入り読書をしたり、ネットサーフィンしたり、考えごとをしたりして過ごした。

今日は沢木耕太郎の「246」を読み進めた。いわゆるただの日記なのだが沢木耕太郎が好きな私にはなかなか楽しく読める本だ。

246 (新潮文庫)

246 (新潮文庫)


不意に前の職場の仲良い人達と無性に会いたくなり、飲みに行こうとメールする。

快くOKしてくれ近いうちに地元で飲むことに。

不思議なことにこの瞬間から彼らを自分の中で「友達」認定した。

前の職場を辞めてから一年と少し。

その間、その同僚達と定期的に飲み会をしていたがあくまでも仲の良い「同僚」であり、友達だとは思っていなかったのだ。

しかし、今日からは友達である。

よろしくね。

仲の良い同僚と友達の間には深い河が流れている。

多くの職業人は心の奥深くで職場の仲が良い同僚をいわゆる友達とみなしていない、あるいはみなすことができないのではないだろうか?

職場の同僚との関係など所詮どちらかが辞めれば切れる関係でありビジネスライクな付き合いだ。

それが良いところでもある。

しかし、いわゆる「友達」とはそう簡単に切れない信頼関係で結びついている。

今、浅草のトルコ料理屋でケバブを食いながらビールを飲んでいる。

f:id:ericrun:20160518205719j:plain

トルコはずっと行きたいと思っているけどなかなか行くことができずにいる国。

トルコ料理を食う事で少しでもトルコの風を感じたいと思っている。

さて、明日は東京の母校の大学にでも遊びに行くかな。

あーーーー、マジで大学時代に戻りたい。

いわゆる偏差値が高くて頭の良い大学ではなかったけど母校愛は強いのだ。

自由気ままな4年間の青春が詰まっているのだから。