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人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

感謝することが苦手

私は「感謝すること」が苦手なのかもしれない・・いや苦手である。

もっと感謝することが得意であったのなら人生が楽に生きられたかもしれない。

確かに、私の人生は恵まれていると自分でも思う。

いわゆる「恵まれた環境にいる人」が多いと思われる日本の中でもまずまず恵まれた環境で育ち、現時点でも普通に就職して普通に働いて普通に生活できているのだから恵まれているほうなんだと思う。

しかし、どうにもそのことに感謝できないでいる自分がつらい。

結局のところ私はひねくれているんだと思う。

感謝って押し付けられてするものではないと思う。

誰かから「感謝しろ」と命令されてするものではない。

例えば職場の上司や経営者に「働かせてやってるんだから感謝しろ」と言われて素直に感謝できないのと同じだ。

「感謝する」って実は結構難しいことだと思う。

だかこそ尊いことなのかもしれない。

感謝するふりなら簡単にできるのかもしれないが、それすら私には簡単ではない。

感謝する演技ですら私はまともにできない。

必要だからつかなければいけない嘘が苦手なのだ。

自分に忠実に生きようとしているのかもしれない。

しかし、自分に忠実に生きようとすればするほど息苦しい人生が待っている。

感謝しなければいけないともがくほど感謝の心がどこか遠くに行ってしまう。

フィリピンのマニラに行くと感謝の気持ちが呼び起こされる。

マニラにエルミタ・マラテという地区があり、そこは旅行客向けの安宿やホテルが立ち並んでいる。

その地区から数分歩くとマニラ湾があり、湾沿いが遊歩道になっている。

この遊歩道は夜になると路上生活者に埋め尽くされる。

私はマニラに行くとほぼ必ずエルミタ・マラテ地区に宿を取り、夜になると必ずこの遊歩道を散歩するのだ。

ある時、この遊歩道沿いにずらっと並んでいる路上生活者を数えてみたら100メートルで100人くらいいた。

100人数えた段階で疲れたからやめてしまった。

ちなみにこの遊歩道は2~3キロメートルは続いている。

最も多い地点を数えたから単純計算できないかもしれないが、相当数の人達が着の身着のままで寝ているのは確かである。

この方々を見ていて思うのは自分がいかに恵まれているのかということ。

仕事があって、旅するお金があって、家があってというのは全然当たり前のことではないと気づかされる。

マニラという都市にくると自然と感謝することを覚える。

自分の心の奥深くにしまわれていた感謝の心が呼び覚まされる。

雨風しのげる家で寝られるということだけでも感謝しなければいけないはずなのだ。

それなのに、それが当たり前の状況になると感謝の気持ちはどこかに吹き飛んでしまう。

さらに、マニラという街を散歩していて思うのは治安が悪いということ。

常に四方八方に気を配り、自分が誰かにやられないように注意しなければいけない。

この緊張感やスリルがまたたまらなく楽しいし、好きなのだが、それは私が旅をしているからなのだ。

非日常だから楽しいのであって、それが毎日続くのは嫌だ。

感謝するためには環境を変えることも必要である。

しかし、なぜここまでして感謝しなければいけないのかもわけがわからない。

感謝せよという内なる命令はどこから来るのか?

別に感謝していなくても問題なく生きていられる・・はずだ。

それなのに人は感謝を求めてしまう。

人は感謝を通して良く生きたいようだ。

感謝を通して自分らしくありたいのだ。

私は既に自分らしく生きているから感謝が苦手なのかもしれない。

感謝って難しいな。