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人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

ついに購入

ついに、書店でphaさんの「しないことリスト」を購入した。

しないことリスト

しないことリスト

ついでに、「持たない幸福論」も買ってしまった。

両方とも素晴らしい本だ。

しないことリスト」を読んで私が最も共感を得たのは冒頭見開きのつぶやきである。

~本文 p2~3引用~

10年後や20年後食いっぱぐれない仕事を見つけないといけない 
 仕事をがんばるだけではなくて家庭のことも両立しないといけない
 子供をちゃんと育てて親の介護や自分の老後のことも考えなきゃ
 災害や事故に備えて保険に入って貯金もして資産運用も考えておこう
 真面目に仕事をしないと周りに迷惑がかかる
 同年代はもっと自分より頑張っている 
 頑張り続けないと負け組になるけど頑張り過ぎてストレスを溜めてもよくない 
 健康のためにはもっと野菜を食べなきゃ
 もっと運動もしなきゃ 就活・婚活・独創性・協調性
 人に愛される人間になるために身につけておくべきこと
 感情は自制しないといけないけど溜め込みすぎても良くない
 場面に応じて色々な自分を使い分けつつ本当の自分を見つけよう
 社会人ならこれくらいのマナーは覚えていて当たり前
 人に迷惑かけずに社会に貢献しないと生きている価値がない
 これからは英語くらいできないとまずい
 自分のことだけじゃなく環境のことや政治のことも考えるべきだ
 資格も取っておかなきゃ 家も買わなきゃ
 趣味を持たないと寂しい人生になるし流行を追わないと時代遅れになる
 友達からのメールも早く返信しないと
 でも寝る前にずっとスマホを見ていると寝不足になる
 1日は24時間しかないのだからもっと有効に時間を使わなければダメだ

phaさんが、言っているように世の中には「しなきゃいけないリスト」が溢れかえっていて収拾がつかなくなっているのだ。

しかも、そのしなきゃいけないリストに追われまくった結果、数十年後に死が待っている。

どうせ死ぬのになぜこんなに頑張らなければいけないのか?

私の立場から言わせていただくとはっきり言ってしなければいけないことなんてこの世に1つもないように思う。

「生きているだけで十分だ」とよく人は言う。

しかし、本当に「生きているだけで十分なのか?」とさらに突っ込む。

別に生きていなくても十分ではないのか?

死んでしまって何が悪いのか?と思う。

私からしてみれば生きていることで自然と「しなきゃいけないリスト」に追われるのが嫌なのだ。

なんでこうも「ああせよ」「こうせよ」という言葉に惑わされ、プレッシャーをかけられなければならないのか?

もっと自分に忠実に我儘に生きていいのではないのか?

他人の言うことを聞かなくても良いのではなかろうか?

しかし、これは自己矛盾でもある。

昨日の記事で書いたのだが私は私自身の様々な負の要素に悩まされ、自分を変えたいと思っている。

よく考えるとこれも「しなきゃいけないリスト」の一つだ。

確かに私が私のままで生きていると周りに迷惑がかかったり、嫌われたりする。

しかし、「しないきゃいけないリスト」に追われてストレスを受けて精神を病むよりマシな気がする。

私が尊敬する中田英寿さんが本田圭佑との対談で面白いことを言っている。

http://www.sport-gallery.com/images/bigimage/hidetoshi_nakata/img01.jpg


本田圭佑名言#5「中田英寿×本田圭佑対談」サッカー哲学 インタビューまとめ

中田英寿「サッカー選手というのは我儘にやって成功するか我儘にやって失敗して駄目になるか、2つに1つしかない(俺は2006年Wカップで我儘にやり切れなくて失敗した・・だからお前は我儘にやれよ)」

これは、なかなか含蓄のあることである。

人は自分に忠実に我儘に時に傲慢に生きて嫌われるか、人に道を譲って優しく生きて好かれるかしかない。

後者をとった場合、自分の人生を生きていないことになる。

自分の人生を生きたいならどうしても我がままで傲慢になる。

そこで「自分を反省しなきゃ」なんて思う必要はないのかもしれない。

中途半端になるからだ。

どうせ死ぬのだし、悩む必要はないのだ。

「愛される人になる」ことを目指す必要はないように思う。