人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

今この瞬間に納得するという事

なぜ、私は旅に出るのか?

それは「今この瞬間を納得して生きたいため」なのかもしれない。

人生に後悔しないでやりたいことをやって死にたいという思いは確かにある。

しかし、私が旅に出るのは振り返って後悔を覚えたくないためではない。

とにかく今ここにこうして生きているという現実から出発して、できるだけ自分らしく楽しい時間を過ごしたいと思う以上、旅にでることは避けられないのだ。

後悔しないためにアレもコレもやりたいという人生にはどこか虚しさが漂うものだ。

鼻っ面にぶら下げられた人参を追うようなものである。

というわけでシンガポール動物園のナイトサファリに行くのは止めてまったりと寛ぐことにした。

好きな旅を頑張って無理するのも馬鹿らしい。

団体ツアーではない1人旅の長所は自由に予定を変更できること。

行こうと思ってて行かなくていいし、もともと行くつもりがなくても急にふらっと行ってもいい。

我々はロボットではない。

ただ決められた予定(自分で決めた予定)をクリアしていくことに生きがいを見出す人生はつまらない。

予定は変更してこそ意味がある。

それこそ、人間らしい在り方だ。

このことを思う時、職場のとある中年女性の顔が浮かんでくる。

彼女は頑張り屋だ。

ひたすら真面目で仕事熱心で会社の評価も高い。

決められた予定をキッチリ時間通りクリアすることに余念がない。

でも、残念ながら人間的な魅力がない。

彼女の側に行くと全然落ち着かないし、リラックスできないし、楽しくない。

いつもいつも焦っていて『アレもしなきゃ、コレもしなきゃ』と意気込んでいて力が入っている。

彼女と話しているとなんだか凄く疲れる。

私は心の底から彼女を尊敬していないし、ああなりたくないと強く思う。

彼女は確かに仕事の処理能力は高く、できる人なのかもしれない。

彼女の人生に生き急ぐ姿を見ていると怖くなる時がある。

そこに自分の姿が重なって写っているからなのか??

とにかく、絶叫するほど彼女が嫌になる時がある。

どうせ死んでしまうのになぜそんなにも生き急ぐのか?あるいは他人からの目に見える評価を求めて一生懸命仕事を頑張るのか?

やってる当人は充実感を求めてそうしているのだろうがはたから見ていると凄く虚しい。

むしろ何もしないでただぼーっと過ごしている方がはるかに安心する。

これは自分自身への戒めである。

いつもああなりたくないなあと心の中でつぶやく。

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シンガポールのスタバでコーヒーブレイク。ブルーベリーチーズケーキ美味い!!!