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人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

目的と手段

障害者19人が殺害され、26人が負傷した先日の事件に震撼し、怒りを覚え、犯行の動機に強烈な違和感を覚えた人はたくさんいるだろう。

彼が今回の事件で障害者を大量殺人するに至る発想の最大の間違いは「人間の命を特定の目的の為の手段」として用いようとしていることにある。

彼は重度の障害者は働けないし、生きていても国家の役に立たず、税金の無駄遣いで迷惑なだけの存在だから殺してもいいのだという発想に至っている。

つまり、人命を国家の為の道具として用いようという発想である。

近代社会はこうした発想による殺人を明確に禁じているのだ。

全ての人間は産まれながらに生きる権利を持ち、犯すことのできない尊厳を持っている。

人生とは何かの目的を達成する為の手段としてあるのではない。

生きていることそのことが目的である。

国家が発展する為の手段として我々の命があるわけではないのだ。

働けないから、税金がかかるから生きている必要がないという発想は我々が生きるための目的を奪ってしまう。

強者だけが生き残ることを許されるという発想は究極的には最強の遺伝子を持ったわずかな人類のみが生きるに値するというところまで行き着く。

ウサインボルトみたいな最強な人だけが生き残る事を許される社会は異常であり、いずれ破綻することになるのだ。

自分という存在は常に誰かにとっての強者であり、同時に弱者でもあることを確認しながら生きねばならない。

そして、我々がたとえどんな状態であっても現にこうして生きている以上、そのまま生きていて良いのだ。

人生は生きること自体が最大の目的なのだから。