人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

老害

老害ってあるなあと思う。

特に職場において「私がいないと困る」と半ば本気で困っている人の痛さは目に余るものだ。

私の職場の女上司はいつも「これもしなきゃ」「あれもしなきゃ」とせかせかしているのだが、彼女がいない日はいたって平穏無事だ。

私は別にせかせかいしている人を憎むわけではない。

私自身もせかせかしているタイプだ。

私自身別に職場にいなくても良い存在である。

これは間違いのないことだ。

そうわかっているからこそ、せかせかしても他人を巻き込まない様に注意している。

せかせかするのは勝手だが、他人に迷惑をかけない範囲でやるべきだと私は思う。

彼女が痛いところはどうでもいいくだらないことですぐにパニックになり、必要がないのに周囲をせかして不安にし、仕事へのモチベーションを下げる点にある。

しかも驚くべきことに自分自身でそれをまるでわかっていないのだ。

そして、早くやらなくてもいいのに焦って無駄に早くこなし、「私が頑張ったおかげで早く業務を終えることができた」みたいな痛い状態に陥る。

東京都連のドンのようなどうしようもない老害的な存在って職場に必ずいるものだ。

私はこうしたどうしようもない存在にゴマをすって仲良くするのが大嫌いだからあえて冷たい態度をとる。

大変申し訳のないことだが、あなたの言っていること、やろうとしていることは間違っているよということを身体全体でメッセージとして伝える戦略にでる。

私は別に嫌われてもいい。

本気で今日死んでもいいと思っているので直接対決してもいいと思っているし、間違っていることを間違っていると言えない職場なんて糞だと思っているし。

岡本太郎ほど潔くもないけど、他人を害する人には私の持つ毒や害をぶつけて対処する。

職場なんてものは・・そして金なんてものは・・所詮、「将来」という漠然とした未来みたいなもののあやうい存在を前提とした時だけ成り立つものだ。

もしも明日死ぬとしたら職場も金もどうでもよくなるはずなのだ。

自分は明日死んでもいいように今日を生きたいだけなのだ。

できる限り、嘘を認めたくない。

間違っていると思うことははっきりと異議を申し立てたい。

そして、自分が常に間違っているということも確認していたい。

自分らしくあるとはそういうことだと私は思う。

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