人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

生きるために生きる

目的がなく生きるって絶望的にきついことだといつも思う。

特に結婚する気もなく、子供を持つ気もなく、恋人を作りたいわけでもなく、何か大きな目標があるわけでもなく、特にお金に興味があるわけでもない・・・自分みたいな男は毎日の生活が死ぬほど虚しく馬鹿らしく感じることになる。

私は仕事が嫌いだし、働くことが根本的に好きでないし、お金を稼いで溜めて何かをしたいわけでもないから余計につらい。

そもそもこんな無意味な毎日に意味があるのか?

考えれば考えるほど哀しくなる。

子供の頃はまさか今こんな状態になるなんて想像もしていなかった。

もっとバラ色の未来を描いていた・・

しかし、30年以上生きてみるとまあ、人生こんなものかと諦めたくもなる。

人生なんてそんなに素晴らしいものじゃないはずだ。

現実に向き合うということは泥沼の中でもがくということなのだと思う。

よくオリンピックでメダルを取ったり、ボクシングでチャンピオンになったり、野球やサッカーを始めとしたスポーツ全般で成功を収めた人が引退後に酒や賭博に溺れて転落することがあるけど凄くわかる気がする。

人生って絶頂期は案外短いものでそれを過ぎるとどうあがいてもどうにもならなくなる気がする。

そこで、人間は妥協して諦めを覚えて現実的な目標に切り替えていかなければいけないのだけどなかなか理想の自分と現実の自分とのギャップが埋められない。

いつの間にか孤独で絶望的になってしまいその気持ちを穴埋めするために酒やギャンブルに走る。

生きるって本当に本当に難しい。

小中学生の頃のような爆発的なエネルギーが大人になってもずっと続いていくわけでもないし、大人になると立場を守るために周囲に気を遣わなければいけなくなるし。

そういう意味で私はなかなか大人になれずにいる。

しかし、人生の目的とは大人になるためにあるのではないと思う。

どの時代もただ生きることそのことが既に目的だ。

将来の為に今があるのではなく、今を生きるためだけに今があるのだ。

私は将来の為に今を「計画的に」生きることができない。

そういう生き方が絶望的に苦手なのだ。

将来という漠然としたものを受け入れられないでいる。

数十年後(明日かもしれないが・・)いつか死ぬ日がくるはずだが、その日目を覚まして「私は今日死ぬのだ」とわかるのだろうか?

死は不意打ちするような気がする。

つまり人生は計画的なものではないはずなのだ。

気付いたら産まれてきて不意に死んでしまう。

だから今が大事だ・・と私は立論している。