人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

生きているために働いているのか、働くために生きているのか?

昨年12月25日に過労自殺され労災認定された高橋まつりさんの下記のこの言葉があまりにも衝撃的だ。

「生きているために働いているのか、働くために生きているのかわからなくなってからが人生」

なんだか、あまりにもこの言葉が深すぎて色々と考えさせられてしまった。

何度も何度もこの言葉を頭の中で反芻してみたのだが、未だに私にもよくわからないのだ。

人生は働くためにあるのか?ということが。

確かに彼女が言うようにそれがわからなくなってからが人生のような気がしてしまう。

絶叫しそうなほど働くことが不可解すぎるからだ。

高橋まつりさんのこの言葉を見た時に二つの本が頭に浮かんだ。

1冊目は中島義道さんの「働くことがイヤな人のための本」

働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫)

働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫)

2冊目は黒井千次さんの「働くということー実社会との出会いー」である。

働くということ -実社会との出会い- (講談社現代新書)

働くということ -実社会との出会い- (講談社現代新書)

黒井さんの「働くということ」という本の中にとある国鉄職員の「私は駅員だから切符を切るのか?それとも切符を切るから駅員なのか?」という自問自答が出てくる。

とても深い自問自答である。

働くこととは一見とても当たり前のことのように感じる。

しかし、よくよく考えてみると全然わからないことばかりである。

なぜ、我々は働かなければいけないのか?

凄く単純なことなんだけどどう理性的に考えてもしっくりこない部分がある。

世間からは「つべこべ言わずにとにかく働け」という無言の同調圧力が加わる。

しかし、そう言っている当人達も実は物凄く不安なのである。

働く意味がよくわからないからこそとにかくそうした「素朴な」疑問を封じようとしているのである。

世間では20歳過ぎた大人が「働きたくない」という声をあげると大人になれていない子供みたいな扱いをされがちだ。

しかし、そもそも働くっていったい何なのだ?

もし、働くことが死ぬほど嫌なら働かない方がいいのではないだろうか?

自殺されてとても残念だけれど高橋まつりさんの残したツイートの意味はとても重いと思う。

電通という社畜製造会社は早く潰して解体した方がいいでしょう。

電通がこれからも営業を続けていくつもりであるなら是非とも社訓の中に「生きているために働いているのか、働くために生きているのかわからなくなってからが人生」という言葉を入れていただきたいと思った。