人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

集団主義への対抗

心の底から日本的な集団主義とか空気を読む文化が嫌になり、ぶっ壊そうと努めている。

周りの目を気にして、自分の行動を決めるって超アホ臭い。

戦前や戦時中の日本はまさに、ムラ社会であり世間の目というものが強い力を持っていた。

「世間様に顔向けができない」だの「世間様がどう思うかわからない」だのと言って体面や見栄や体裁ばかり繕い、嘘がはびこる社会であった。

今でも田舎に行けばあると思うが「村八分」が公然と行われていたのだ。

特にかつての日本は世間の空気を読んで「お国のために」自己犠牲をすることが強いられる「空気」が濃厚に漂っていたのである。

私はこうした日本独特の風習や空気感が心底嫌いだし、クソだと思っている。

これをなんとしてもぶっ壊したい。

世間なんてあるのか、いるのかわからないけどもしいるのならばはっきりとNoを突き付けて喧嘩を売っていきたい。

職場というところに行くと全く合理的でない決まりや伝統や風習みたいなものがあってウザい。

こうした変な決まり事に従順に従っているうちは世間様が顔を出してこないが、守らないとふいに世間が顔をのぞかせ排除しようとしてくる。

私は合理的でない決まりやルールや風習については理路整然と意見を述べ、反対し改善させるようにしている。

まったく、なーーにが世間だよ、こちとら本気で今日死んだって、殺されたって構わないと思っているんだ・・かかってこいという気分。

テレビを見ていたら大麻所持で逮捕された女優のバッシングが盛んだが別にやりたければ勝手にやればいいんでないの。

こういう報道を見ていて何が気に食わないか・・

結局、テレビに出ている人達が自分の身を守るために他人を生贄しようという魂胆が見え見えだから嫌いなのだ。

オランダやポルトガルやアメリカの一部の州などでマリファナの所持や吸引が合法な国もあるのだから日本もこれを契機に法律を見直してみたらどうでしょう?というような提案をするアナウンサーや芸能人が一人もいないのだ。

なぜこういうことが言えないのかと言えば結局、日本と言う国が集団主義であり、周りの空気を読むことばかり求められ大勢の意見に沿ったことしか言えない雰囲気があるからなのだ。

こういうのって凄くくだらない。

私は安楽死も合法化すべきだと思っているし、労働基準法を遵守できない会社は厳しい罰則を課すべきだと思っている。

無駄に自分の権利が制限されるような憲法や法律は絶対に認めないし、許さない。

どうせ数十年も経てば確実に死ぬのだし、空気を読んで自分の意見を抑えつけてまで世間や他人の言うことに従いたくないし、従わないつもりである。

一人の人間にはおかしなことをおかしいという権利がある。

ドゥテルテみたいな頭のいかれた奴に好き放題やらせないためにおかしなことはおかしいとはっきり言っていこう。

この前の飲み会で「俺は金になんか全然興味ないし別にいらない」って言ったのは我ながらすごく気持ちよかった。

みんな、周りの空気をよんで最もらしく「お金がないよ~」とか「もっとお金がほしい」とか言い合って安心しているけど私は金に興味がないからはっきりと「お金なんて全然いらない」と言ったのだ。

なぜ、お金がいらないか?別に今日死んでも何も問題がないし後悔していないからである。

こういう本当のことをしれっと公言するのって気持ちいい。それで私を嫌いになってくれても全く構わないし人が人を嫌うのは当たり前なのだしね。