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人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

世間に対して開き直る!

職場という場にいると頻繁に「世間」を感じることがある。

仕事とは「周囲の他人にどう思われるか?」を競う面が強いからだ。他人に良く思われたいがために仕事を頑張っている「頑張り屋」さんも多い。

そうした、頑張り屋さんに共通しているのは「世間意識」である。漠然とした世間体にとらわれ自分をよく見せる演出を施す。

こうした人が多い職場は息苦しい。私はいわゆる世間というものが大嫌いだから、できるだけ世間を破壊しようと目論んでいる。

簡単に言うといわゆる「世間」が評価することを「私は評価しませんよ」というメッセージを明確に打ち出す。

他人に良く思われようと頑張る人を評価しないというメッセージを強く出すことで「世間」を解体しているのだ。

これは「ノーベル平和賞級」の仕事だと感じている。

最近はだいぶ薄くなってきたが、日本全体を覆っている「世間の空気」を破壊すればかなり心地良くて開けた社会になると感じているからだ。

私は戦前、戦中の日本の軍国主義みたいなものが大嫌いだ。

それは、「世間があなたの勝手な振る舞いを許さないぞ」という強烈な空気が覆っていた息苦しい社会だったはずだからである。

もしも私が当時生きていたら間違いなくこの空気から真っ向から対立していたと思う。

もし、招集の赤紙が来ても「黙れクソガキが!!俺は行きたくないから行かねえよ」と突っぱねたことだろう。

「世間」を作り出すのは誰なのか?それは一言でいうと頭が悪い人達である。

自分の頭でどうしたらいいか?を考えることができないできれば他人に決めてほしい不安病な人達がせっせとそうしたものを作り出して安心しようと目論んでいるのだ。

こうした構造を知り尽くしているからこそその愚かさを真正面から批判し対立をしたいのだ。

はっきり言って「世間」などどうでもいい。

職場で変な決まりやルールなどがあった時に、「周りがそうしているのだからそうしている」みたいな人がいるけど私は堂々と「なぜそうしているのか?その理由は何なのか?」をストレートに問う。

頭が悪い人はそうしたことを聞かれても論理的に答えることができなくてたじたじになり、「とにかくそう決まっているのだから」としか答えられない。

日本人はもっともっと世間に対して開き直るべきなのだ。そして、無駄に世間を恐れないように自分を教育し鍛えるべきなのだ。

世間の中には「自分」も含まれている。これは大きなことだ。

世間の中に含まれるこの自分が真っ向から世間に流されている人に論理的に反対していれば世間を解体する契機を作ることができる。

世間とは往々にして間違うものなのだ。

戦時中に特攻を命じている上官や志願を促している空気があるのならば堂々と「私は嫌だからお前が行け」と上官に特攻させればいいのである。

嫌なことを無理に強いる奴がいたらそいつにやらせればいい。

世間とはまことにもってくだらないものだ。世間の餌食にならないように自分をしっかり持って生きていたい。