人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

暗いのって嫌

いつの間に私の性格は暗くなってきてしまったんだろう?最近それに本格的に悩み始めた。子供の頃はもっとずっと明るい子だったのに・・・例えば職場で一緒に仕事をする同僚を選んでよいとして①明るいけど仕事があまりできない同僚②暗いけど仕事が正確で早い同僚の二人がいるとしたら私は即断で①を選ぶ。それくらい明るい人というのは価値があると思うのだ。暗い人と一緒に働いているとこちらの気分まで暗くなってしまいあまり良いことはない。他人の愚痴ばかり言ってマイナスなことばかり考えている人よりも笑顔でニコニコしてくれている人が傍にいてくれたほうがずっとずっと助かるのだ。

私が母親を尊敬しているのは彼女がいつも明るいからである。本当に凄いことだと思う。彼女の遺伝子を引き継いでいるはずなのに私はあまり明るくない。自分で暗い性格だとも思いたくないけどネガティブなことは間違いない。母親から受けた教育で最も大きいものは明るく生きていることの重要性である気がしている。

はてなブログのなかに「まつたけのブログ」という人気ブログがあるが彼が書いた「親に愛されなかった子供の末路」という記事はかなり衝撃的である。彼は毒親を持ち子供の頃に両親から虐待に近い扱いを受けたという。父親からは血まみれになるほど殴られ、母親からは死ぬほど毒づかれて自己否定感を植え付けられたそうである。彼のブログを読んでいるうちに土下座して謝りたくなってしまった。

phaさんのしないことリストを読んでいたら30代で老後という言葉をみつけて妙に納得する。

しないことリスト

しないことリスト

お金をためるのも仕事をがんばるのも資格を取るのも恋愛にも興味が沸かないでどこかしらけた自分の生活は老後という言葉がぴったりとあてはまりそうだ。定義上で高齢者の年齢が決められている以上、「老後」とは高齢者になってからになるのかもしれないが老後まで生きられなかった人はいったいどうなるのだろう?人間の人生も寿命も何も確かなものではないのだから青春も老後も余生も自己定義していいようにすら思う。私は30歳過ぎたら老後だと思っているがその定義は決して間違っていない気がする。もちろんこれは私にだけ当てはまるものであるが。

50歳過ぎても現役サッカー選手の三浦知良さんからしたらまだまだ青春時代が続いている感じなのだろう。逆に遺伝子異常で老化が早い病気を持った人は2~3歳が青春時代なのかもしれない。人間一般を画一的に定義することはほぼ不可能である。そんなことを思う今日この頃だ。