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人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

私がやらなきゃ誰がやる?

性の喜びおじさんが電車の中で盛んに「エロ河童」と叫んでいたのが頭に残り「エロ河童」っていったいなんなんだ?と気になって調べてみたらYAHOO 知恵袋に答えが載っていた。

~YAHOO 知恵袋のベストアンサーを転載~

最初に「エロガッパ」と言い出したのは、京唄子(きょう うたこ)という人です。(漫才師で今は舞台俳優になっている)

その漫才の相方は、鳳啓介(おおとり けいすけ)という人で、もう亡くなりましたが、頭が禿げかけていてカッパに似ていたのです。

その鳳啓介が、エロいことばかり言うので、その度に京唄子が「何言うてんのや、このエロガッパが!」と突っ込んでいたのです。

鳳啓介は亡くなり、京唄子もテレビに出なくなったので、若い人は知らないかもしれませんが、その「このエロガッパが!」という突っ込みだけが一人歩きして、いまでも「エロガッパ」という言葉が残っているというわけです。

そうだったんだ。初めて知った。エロ河童なんて使ったことないし一度も聞いたこともなかったのでいったいなんなんだろう?と思っていたけど、わかったので安心した。世代が違うとわからないことがたくさんある。今日は安心して眠れそうな気がしている。

それともう一つ彼が電車の中で盛んに使っていて用法が気になったのが「Do it make love!」という言葉である。「Do it~」 だから当然命令形である。しかし、「make love(sex)」しなさいと大声で周りに叫ぶのはどう考えても変だし、彼の(自分がいい女とsexしたいという強い)意思に反するはずである。この場合「I want to(wanna)make love !」と叫ばなければいけないはずだ。

それにしても実にくだらない話である。このブログを今電車の中でスマホで見ている人がいたら今すぐ中止すべきだ。電車やバスの中でスマホに熱中している人って結局どうでもいいことしかしていないんだよね。私はガラケー派だ。いやむしろ携帯電話なんかなかったらもっとずっと気が楽だと思う。時々出かける際に携帯電話を忘れてくると凄く不安になるんだよね。取りに戻るのも面倒くさいし持っていないと不安になるしとにかく疲れる。携帯電話が普及する前は色んなことが一発勝負だったからある意味もっと気楽だったと思う。デートの約束なんかも固定電話で何時にどこの前に集合ねと決めて会えなかったらもうそれで一発OUTみたいな感じだろうから。今みたいにラインで逐一どこにいます、もうじき着きます、今日はちょっと無理ですとか送らなくても良かったわけだし。携帯を持っていないのだから落として不安になることもないし、いいことも多かったはずである。もちろん、今の方が便利で快適なことの方が多いとは思うのでどっちもどっちだが。

さて、「私がやらなきゃ誰がやる?」と思って物事に取り組んでいる人は多いことだろう。とりわけ仕事なんかはその典型で変な義務感や正義感に襲われてやらなくてもいいことを無理に頑張っている人も多い。しかし、常に「私がやらなくても誰かがやるし、誰もやらなくても誰も困らないし、人間がいなくても地球はまわる」ということだけは頭の片隅に置いておくべきだと思っている。物事は何事もほどほどで良いのだ。絶対にすべきことなんてこの世にはない。それは「私の死」を考えてみるとすぐにわかることだ。私の死は近い将来確実に訪れるであろう、それは決して避けられないだろう。しかし、その後も世の中は何食わぬ顔をして淡々とまわり続ける。それは間違いのないことである。すべての人間は死んで来た。インデペンデンスデイみたいな感じで誰かが死んだ瞬間に地球は滅亡する的なことがあれば話は別だがそんなことは絶対にあり得ないのだ。誰かが死んだら他の誰かがその死体を処理して葬式をして終わるだけである。

だから、私がいないと困るんだとか私がやらなきゃ誰かやる?とか思わなくても良い。気楽に自由に生きられる社会であればそれで良い。少なくとも私にとっては。