人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

施しと自己責任論

先ほど、駅でスイカのチャージをしていたら珍しく物乞いみたいな人から・・

すいませんが、もしよろしければ100円恵んでいただけませんか?

と言われたので快く100円恵んできた。私はこういう場合結構な確率で施しをするタイプである。海外などを旅していてとりわけ途上国などではしばしば物乞いに遭遇するけど可能な限り施すようにしている。街中で募金活動なんかをしていても気が向いたら100円くらいは寄付している。なぜなら私は日本国内を覆いつくしている自己責任論が嫌いだからである。自己責任論が嫌いだというよりも自己責任論を唱える人間の卑しさが嫌いなのだ。

私ははっきり言って人生というものは産まれてから死ぬまでの期間、誰にもとって変わることができないという意味で最終的に自己責任に帰するものだとは思う。しかし、だからと言って人生の失敗を自己責任に帰すべきだという教養のなさには辟易してしまう。人生ってそんなもんじゃないでしょと。いわゆる自己責任論を唱える人で今まで尊敬できる人に会ったことはただの一度もない。自己責任論を唱える人ってけち臭い守銭奴が多いのだ。

こうした守銭奴にいつも投げかけてやりたい言葉があってそれは、「あんたいくら金を貯めて安心したつもりになっていたって所詮数十年もすれば死ぬよ」と言うこと。私は守銭奴の自己責任論、老後不安論、将来心配論に対して正論から冷や水を浴びせかけているのだ。これは大変気持ち良いことである。自己責任論者というのは基本的に他人を助けようとか救おうなんて気持ちはさらさらない。自分が将来のことを考えて努力していることをいいことに劣っている他人に優越感を感じて自己満足に浸っているだけである。だから私はそうした人々が嫌いなのである。

まあ、せいぜい好きなだけお金でも貯めて満足していなさい。遅かれ早かれどうせ全員死にますから。私は別に今日死んだってなにも後悔はないし本気でいつ死んでもいいんですよ・・とそう思っている。将来日本がどうなろうがどうでもいい。そんなことよりも今どうするのか?今どう生きたいのか?のほうがはるかに大事である。ちなみに私は税金、年金、保険などをほとんど滞りなく毎回しっかりと支払っている。さすがに言行不一致だと残念感がでるのでプライドのために付け加えたい。

インドなんかに行くと物乞いだらけだ。だからこそ海外には出るべきだ。

住民の9割が物乞い インドのハンセン病コロニー / Leprosy Colony in India