人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

自分との出会い

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1週間ぶりの記事更新です。めっちゃお久しぶりです。この1週間めちゃくちゃつらかった。(涙)特に何か大きな事件や事故があったわけではないのですけれどもとにかく気分が滅入って仕方がなかったんです。簡単に言うと『うつ』に悩まされていました。まったくブログを書く気力も起きず気力が沸いてきませんでした。今日はようやく気分が少し晴れてきましたので少しずつまたブログを書く作業をしていきたいなあとは思っていますが。いやーー、マジで辛かったなあ。

世の中には様々な『出会い』というものがありますよね?人は出会いによって変わると言いますし、確かにそれはその通りだとも思います。しかし、私が思うに他人との『出会い』なんてとるに足らないもののように思えてなりません。この私・・つまり自分との出会いこそがこの世で最大の運命的かつ衝撃的な出会いではないでしょうか?人生には様々な喜びや楽しみや苦しみや憎しみなどがありますがすべてこの『自分』がいなければ何も存在しなかったことです。私が私としてこの世に産まれ、こうして生きるために何事かをし続けるという宿命を負っているからこそ発生することです。

私はこの『自分』という存在に散々悩み、苦しみ、翻弄されてきました。傍から見るととりたてて不幸ではないのかもしれません。家族仲は良く、極貧を経験したわけでもなく、大きな病気を持っているわけでもなく、寿命いくばくと宣告されているわけでもなく、時々海外を楽しく旅をし、一応社会人として普通に働けていることは確かです。しかし、そのすべてをもってしても私は私の人生が好きではありませんし、納得できませんし、(全般的に)楽しくありません。もちろん、楽しい瞬間はありますよ・・でも全般的に苦労のほうが多いのです。

どうせ、自分のことなんて他人にはわかってもらえないし、わかってもらったところでそれがどうなるの???どうせ今まで通り苦難を背負って生きていかなければいけないんだ・・という絶望感に叩きのめされます。本当に本当に自分との出会いとは衝撃的なものです。自分が産まれてきたからこそ様々な苦難を背負うことになってしまった。そして、それは死ぬまで続く。えいやっとごみを捨てるようにぽいっと投げ捨てられるものならどれほど素晴らしいことでしょうか???

私は人生において数々の他人を妬み、羨んできました。しかし、そのことが自分を救ったり、助けたり、楽にしたことはなかったように思います。どんなに優れた他人を羨んだところで他人になることはできず、自分はいつも自分のままであり、他人の優れた属性を手に入れることなどできないからです。
人は何かに悩んだときに「こんな悩みは宇宙から見たらちっぽけなことだ」と割り切り、解決しようとします。しかし、「ちっぽけな悩み」以外などあり得るのでしょうか?一見ちっぽけに見えるような悩みこそ実は自分の存在を脅かしうるとてつもない大きなものだと思います。人間はみな、ちっぽけなことに悩み苦しみ、最終的にはそれを解決できずに死んでいくのです。

他人の悩みが何でしょうか?結局は自分が今ここにこうして生きているというその事実がすべてです。この世に自分のちっぽけな悩みほど大きな悩みはないように思います。そして、それを解決するためには死んでリセットするくらいしか浮かばないのです。しかし、そう簡単に死ぬことができないという現実です。おそらく、世の中には私のように人知れず悩んでいる人が数多くいることでしょう。それは致し方のないことだろうと思います。『悩み』の根本的な解決など普通に考えて不可能だと思います。せめて、悩みを忘れるくらいのことしかできないでしょう。現実からできるだけ目をそむけることくらいしか悩みを忘れる術はありませんが、現実から目を背ければそむけるほど現実が牙をむいて襲い掛かってくるのも事実です。

ということでこの一週間ひたすら悩んでました。そして、それをどうすることもできなかった自分がいます。泥沼にはまるとこうなるんでしょうね。できれば明るく前向きに生きたいですね。そういう気持ちだけでも持っていたいと思います。