人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

病身の母をお見舞いする!

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昨日は、とある病気で入院中の母親をお見舞いに行った。少し前大手術をしたばかりで今は入院しながら回復を待っている最中だ。今回の手術はさすがにこたえたようで「地獄だった」と言っていた。手術後数日間は点滴の管をつながれてベッド上で身動きが取れず薬の副作用で頭が朦朧としており、「5分が一時間くらいに感じて発狂しそうになった」と言っていた。「あんな状態になるなら死んだほうがずっと楽だと思った」と言っていたくらいだから相当つらかったんだろう。

最初の頃は疲れ気味な様子の母親も話していくうちに徐々にいつもの明るさを取り戻していた。表情に笑顔や活気が戻り、いつもの母親らしくなってきた。うちの母親はとにかくメンタルが強いと思う。私のネガティブな豆腐メンタルとは大違いでいつも前向きで明るく、ポジティブな性格なのだ。そこについては心の底から母親を尊敬している。そして、なぜ私はそうした特性を受け継がなかったのかよくわからない。

とにかく生きているって大変なことなんだ。同じ状況はずっと続かず、すべてが変わっていってしまう。若いころは当たり前のように感じた若さも30代半ばくらいから明らかに衰えを感じ始め、徐々に病気などが顕在化してくる。私の場合は、今のところ特に大きな病気はなくて健康体なのだが、20代に比べて明らかに体力や気力が低下してしまい、疲れやすくなり、活気が出にくい体になってきた。老化というのは生きている以上避けられない自然現象であるが恐ろしいものだ。死ぬまで20歳ごろの身体を維持できてぽっくりといけたらどんなに素晴らしいことだろうと思う。

というわけで、母親も老化と病気の大波に襲われて苦しんでいるが、いつも前向きで本当に偉い。尊敬できる立派な母親だ。

昨日、久しぶりに批判的なコメントをいただいた。「具体的な内容がなくて非常につまらないブログ」だとのことである。なるほど、確かにおっしゃる通りだ。私のブログはかなり抽象的な内容ばかりだと思う。これはあまり具体的に書いてしまうとばれてしまう可能性があるからなるべくぼかしをかけているのだ。というのは言い訳かもしれない。実は具体的に書くのが面倒くさいし、そういう文章能力もないのだ。これが事実だろう。それに私はこのブログを第三者に読んでもらうためのものとして書いていない。あくまでも自分のための暇つぶしブログである。誰からもお金をもらっていないし、それでいいだろうと手を抜いて書いているのが現実だ。

だから、このブログを心底「つまらない」と感じる人がたくさんいるのは当然である。もっと面白いブログは他にいくらでもあるのでそちらを読んでいただければ良いと思う。ただ、私はいわゆる日記帳に書く『日記』みたいに自分の中で閉じられた状態で文章を書くのが苦手なので一応こうして一般向けにオープンにしているというだけなのだ。こう書きながらなんという開き直りなんだろう?と思う。

「お金をもらっているわけでもないし・・」と言い訳しながらもどうせお金をもらってもろくなものは書けないだろうなと自分で思ってしまう。まあ、物書きではないのでそれでいいのだ。なかなか考えさせてくれる批判コメントでたまにもらうとありがたい。

それはさておき、最近はブログってだいぶ影が薄くなってきたなあと思う。今や、自己表現の手段は文章(ブログ)よりも動画(you tube)の時代だ。下手なブログを読むよりも面白いyou tubeをたくさん見たほうがはるかに楽しめると思う。私も暇なときはいつもyou tuberの動画をチェックしている。これからは完全に動画の時代だ。文章はますます廃れていくことになるだろう。どんなに具体性をともなった内容の興味深いブログを書いたとしても面白い動画には勝てないと思う。時代は変わりつつある。

レコードやカセットテープからCDに、CDからデジタルダウンロードに変わっていったように時代はより利便性の高い方向に動いていく。ますます本は売れなくなっていくのだろう。そして、それで良いのだ。この私がいつか必ず死んでこの世からいなくなるようにすべての生きている人間も同様に死んでいなくなり新しい人に取って代わられる運命にある。すべては変化していく。その真っ只中に我々がポツンといるだけなのだ。