人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

欠点を伸ばす

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哲学の教科書 (講談社学術文庫)
私が大好きな中島義道さんの『哲学の教科書』を再読している。
中島さんが著書の中で言っていることの中でとても面白い視点だと思ったのは『欠点を伸ばす』ということである。
『欠点』とは世間一般的に直すべきものとして捉えられている。自分が、そして周りがその人のある特性を欠点と認識したらそれを改善し克服すればより良い自分になれるのだと信じ、欠点の克服に努めようとする。

中島さんは子供のころから物事を複雑にぐちゃぐちゃに考えてしまう癖があった。しかし、ある時物事を複雑にぐちゃぐちゃに考えることがなぜ悪いのだ?もっともっとへとへとになるまでぐちゃぐちゃ考え続けてしまえば良いと開き直った。そして、そのぐちゃぐちゃと物事を考え続けるという特性こそが哲学者という職業には合っているのだとわかったそうである。

私自身もなかなか複雑で一筋縄ではいかない人間である。中島さんほどぐちゃぐちゃと物事を考え続けることはないのだが、自分自身をオープンにしたり、自己開示をしたりすることが非常に苦手であった。もっと自分の心を開いて素直に生きられれば楽になるのにと思ったことは数知れずあり、オープンに生きられなかったからこそ孤独に陥らざるを得ない局面が多々あったのだ。

これこそが私の欠点の最たるものである。しかし、中島さんはこうした欠点こそ伸ばすべきであるという。そして、『欠点とはそのまま長所になるもの』だと断言しているのだ。これはとても面白い視点なのではないだろうか?確かに欠点とは考えようによっては長所なのかもしれない。私の場合自己開示ができないことで人が寄り付かないという欠点がある。しかし、それにより孤独に生きていけるという特権を得られるのも事実である。孤独に生きていけるということは自分の時間が長く確保できるというメリットがある。これこそがそのまま長所になるということである。

なるほど、哲学者中島義道なかなか鋭い。どんな人でも欠点と自覚する特性はあるだろう。そして、それがなかなか直せないと悩むことだろう。しかし、それは案外そのままでいいのかもしれない。欠点はそのまま長所であるのかもしれず、それをもっともっと伸ばすという道もあるのかもしれないのだ。物事をぐちゃぐちゃと考え続けてしまう人間はもっともっとへとへとになるまでぐちゃぐちゃに考え続ければいいし、引きこもりに悩む人間はもっともっと引きこもり続けてみればいいし、もてない人間はもっともっともてずに1人で孤独な時間をつらく苦しめばよい。足が短い人間は足の短さに悩み続ければいいし、性格の暗い人間は自分の暗さにあきれるほど悩み続ければいい。そうしたバカげたことをしてはいけないという法律などないのである。

欠点を自覚しそれを直そうともがくのではなく欠点を受け入れて長所として伸ばす。これこそがその人らしく生きる道なのかもしれない。それは、その人らしく死ぬということにも通じていく。欠点をすべて直して丸く平らになって死んでいってもつまらない気がする。確かに生きるのが楽になるかもしれないし、人生が楽しくなるかもしれないが肝心なその人らしさが失われてしまう気もする。整形した人の顔のように何か人工的な違和感が残るかもしれない。

ということで、欠点を伸ばしましょうという話でした。