人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

心配性

日本人はやたらに心配性な人が多いと思う。とりわけ、私が最も周囲に付いていけない(?)と感じているのは人口減少問題である。

アフリカ大陸の南西部にナミビア共和国という国がある。ナミブ砂漠という広大な砂漠があったり、ヒンバ族というおっぱい丸出しの裸(上半身)な民族がいたりしてバックパッカーに結構人気がある国である。この国の面積は824,116㎢、日本の国土面積の2.2倍と結構大きい。それなのに人口はたったの250万人弱。日本の人口は1億2,600万人以上だから日本の50分の1以下の人口である。

また、ナミビア共和国の右隣にボツワナ共和国というとっても地味な国があってこの国の面積は582,000㎢と日本の約1.5倍の広さである。そして人口は約225万人と少ない。

さらにボツワナ共和国の右隣には最近独裁者として悪名高いムガベ大統領がクーデターで辞任することになったジンバブエ共和国がある。この国の面積は約390,000㎢で日本よりやや広いが人口は1600万人程度である。ナミビアボツワナに比べればずっと多いのだが同じ程度の国土面積を持ち、気候にも比較的恵まれていながら日本の人口よりも約1億1000万人も少ないのである。

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さて、私は何を言いたいのか。日本人はやたらに人口減少を心配しているがよく世界を見まわしてみると日本の人口は過剰に多いのだということである。こんなに人で溢れている国は意外と少ないのだ。将来的に日本の人口は8000万人台になると予測されているのだが、8000万人でも多すぎるくらい多いのである。

日本の国土より大きいアフリカ大陸のナミビアボツワナジンバブエが200万人から1600万人くらいの人口しかいないのだから。そして、国が滅ぶという状態でもなくとりわけ人口減少が社会問題になっているわけでもないのだから。確かにナミビアボツワナジンバブエも人口減少以外の様々な問題をたくさん抱えている国だとは思うがなんとかなっているのは事実である。

ナミビアやらボツワナなどの人口200万人台の小国が将来の人口減少を過剰に心配するのなら私はわからなくもない。しかし、この1億2600万人もの大国が人口減少を過剰に心配しているのは滑稽である。もうどう考えても痩せる必要のない細身の女性がもっと痩せなきゃと過剰に心配しダイエットに励む姿を見ているようで痛々しいのである。

それと、アフリカ諸国は人口爆発が進んでいると思われているが、よくよく考えてみると人口爆発しているのは明らかに日本含めたアジアの国々である。アフリカ大陸の人口は約11億から12億らしいがこれは中国やインド一国の人口よりも少ないのだ。

アフリカには約53の国があるが、日本よりも人口が多いのはナイジェリアだけである。2位のエチオピアでも9100万人程度と日本よりも3500万人くらい少ないのが現状である。日本よりも国土面積が大きな国が多いアフリカ大陸にあってこの結果である。

これからアフリカの人口爆発が進むとは予測されているけれど将来よりも今の方が大事だと私は思う。日本人はあまりにも心配性過ぎるのだ。人口などもっともっと減っても一向に構わない。人が少ないなりに社会は回っていくものなのだ。

東南アジアなどを旅していて思うのはコンビニに入るのがとっても気楽だということ。なぜかというと東南アジアのコンビニ店員はおしなべてやる気がないからである。店内に客が入ってきても店員同士で話していたり、スマホをいじっていたり、遊んでいたりするし、いらっしゃいませやありがとうを言わない店員も多い。レジ対応もいかにも面倒くさそうである。ヨーグルトを買ってもスプーンを付けてくれないことも多い。

しかし、これでいいのである。日本のコンビニ店員は過剰にサービスをしようと身構えすぎで逆に居心地が悪い。あんなにしゃきしゃきされてしまうとこちらも気合を入れなければならず買い物に疲れてしまうのだ。

あのコンビニ店員たちの接客一つとってみても日本人の国民性である「心配性」というものがクリアに表れていると思う。良いサービスをしないと苦情を言われるのではないか?とか悪く思われるのではないか?とか客が来なくなるのではないか?とか評判が落ちるのではないか?とかをやたらに心配した結果ああなっているのだ。

こうした心配性な人達が日本という国を作っているからこれほどまでに人で溢れた日本の将来の人口減少をあれほどまでに気にすることになるのである。私はこうしたことの全てについていけない。

まあ、他人がどう考えようがその人の勝手なのであるが私は今すぐ私が死んだところで誰も困らないどころか世の中に貢献するのではないか?と真剣に考えている。私は日本には人が多すぎると思っているから私一人が死ぬことで人口密度が減っていいと思うのだ。

とにかく日本という国は過剰な心配性国家、潔癖症国家であることは間違いない。そこにメリットもあるが居心地の悪さを感じているのは決して私だけではないと思う。