人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

コミュ力なし

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私に最も欠けているもの・・それはコミュニケーション能力かもしれないと思う。もっとコミュニケーション能力が高かったら良かったなあといつも思う。コミュ障と呼ばれるほどまでいっているかは別として、どう考えてもコミュが得意な方ではない。それが問題だ。

コミュニケーション能力が高い人と話していると本当に気が楽である。コミュニケーション能力が高い人は基本的に人間をしっかりと観察しており、その人に合った対応をしてくれるからである。自分の話ばかりぺらぺらとし続けることもなく、聞き上手な一面もある。それと、最も上手なのはリアクションである。このリアクションが上手か下手かで、コミュ力の差が大きく開く。

リアクションがいつもウザイ奴、腹が立つ奴っているよね?あれはコミュ力が低い証拠である。コミュ力が高い人のリアクションはどんな場合においても相手を不快にさせない。これがいつも凄いなあと思う。そして、毎回的確なリアクションをして楽しまさせることはものすごくエネルギーがいる。私はそうしたエネルギーに乏しいのだ。もっと身体からエネルギーが沸いてくれば変われるのだろう。身体がいつも怠くて疲れていてやる気が少なくて生きているのにやっとな感じがあるからどうしても大きなリアクションができない。表情も暗くなってしまう。これが良くない。そうわかっていてもなかなか変えられない。

性格を変えるってできるのか?ものすごく大変だと思う。そこには違う自分を演じているという違和感と莫大なエネルギーを要する。根暗な人間が明るい人間を演じるのは凄くキツイことだと思う。しかし、そのまま根暗な自分でいていいのか?という自己嫌悪もある。やはり、私のように体力のない人間はある程度自己管理が必要である。自己保身的な生き方をするとそうなってしまう。いつ死んでもいいのになんだか矛盾してしまうのだ。

私のようなコミュ力がない人間はとりわけ職場に行って多くの人と会い言葉を交わすのが苦手である。そこで無駄な神経やエネルギーをすり減らしてしまう。コミュ力が高い人間なら軽く交わせる皮肉なども敏感に反応し悶々としたり、ちょっとした失敗に無駄に落ち込んで暗い顔になったりしやすい。こういう自分が嫌で面倒くさい。その反面一人でいるときの自分は生き生きとしている。いつもそばに誰かがいないとダメな人っているのだけどああした人の気持ちがわからない。いつも一人でいられれば気楽だ。たまに気が合う人と話ができれば十分満足である。

人間って想像以上にみんな違うなあといつも思う。自分と付き合うことは大変なのだ。