人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

男女の友情と8000メートル

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本日は、ジムにて8000メートルのランニングを行う。平均時速は13キロでやや早めのペース。最後の1キロは傾斜を1パーセント付け、さら少しスピードアップしたせいで息が切れた。それでも調子が良かったせいか気持ちよく走りきることができた。

さて、先日久しぶりに友達と会った。

その子は大学時代の女友達あり、とあるボランティア活動で知り合った他大学の女の子だった。大学時代に何回かと社会人になり25歳くらいで1回2人で会って以来12年ぶりに再会したのだ。

しかも、最後に会って以来12年間一度も連絡すら取っていなかった。

しかし、12年の時を経て私は無性にその子に会って話がしたくなったのである。大学時代と言えば私にとってはかなり暗黒な時代であった。もちろん、今となってはそれらも含めてすべてが最高に楽しかった時代であったのだが、当時は毎日ひたすら悩み苦しんでいた。

そんな時に、気分転換に出かけたボランティア活動でその女の子と出会ったのである。なんとなく気が合ったのだが恋愛関係にはいたらなかった。傍目に見てかなり綺麗な子だったのだが、私のタイプではなかった。私のタイプは綺麗な女性よりも可愛い女性である。

25歳で再会した時にその子はかなり気合を入れて私とのデートにのぞんでいた気がする。凄くお洒落な服装をしていたし、ガッツリ化粧をしていたし、いい雰囲気を醸し出し、『女』をアピールしている感があった。その姿を見て私は当時なんだかとてもガッカリした感があったように思う。

ボランティア活動の時のジーンズ姿でノーメイクなナチュラル感が良かったのにそれを壊された感じがしたからだ。その子としてはある程度私に好意があり、女らしさをアピールしたかったのだろうが、私にとっては逆効果でしかなかった。そのくらい私はデリケートな男であった。

そのデートを最後に私はその子と連絡を取ることをやめた。今思えばこの12年間はとてもとても長くて、それでもなんだか凄く短かった。私は世界のありとあらゆる場所を一人旅し、何度も転職して、社会的責任など何も意識しないでわがままに自由に好き勝手にいい加減に適当に生きてきた。つまり、言い訳をするなら・・自分の心にただただひたすら素直に生きてきただけなのだ。

その間にその子は結婚し、同じ職場(社会人となって最初に就職した会社)でひたむきに頑張って働いてきた。再会前の連絡時、まだ当時働いている会社で頑張っていることを聞いて凄く驚いた。12年間(いや・・正確に言うと社会に出てから15年間)も同じ職場で働くということは並大抵のことではない。それは、私自身が身をもって感じている事実である。

そして、先日その子と12年ぶりに会って話をした時に、私はなんだか経験したことのないような物凄い衝撃を受けたのだった。

それは、その子が醸し出す人間的なオーラだったり、魅力だったり、女としての美しさであったり、輝きであったり、連絡を取らなくなってから失われた長い期間といまだに続いている友情だったり、そのすべてであった。

とりわけ、その子が醸し出す女性としての美しさに私はすっかり魅了されてしまった。正直、再会するまでは何も期待していなかった。なぜなら、私は女性というものは20代が最も輝きそれ以降は下降線を辿るものだとこれまでずっと考えていたからだ。

つまり、20代半ばに最後に出会った時こそがその子にとっての絶頂期であり、それ以上になっているはずがないと勝手に考えていたのだ。しかし、違ったのである。あっけない形でその予想はあっさりと裏切られた。その子は当時の100倍くらいの輝きを持って私の前に現れた。

そして、私はというと何も変わらずにただ12年間を過ごしてきただけのたいした魅力のない普通な男としてそこにいた。私は圧倒的にぼろ負けしたのである。その時そう思った。人間の魅力というのは日々の努力なのだ。どんな苦難があっても困難があってもそれにめげずに日々自分を磨き続けた人間こそが勝者になれる・・・その子はその事実を体現していた。

その子と会った翌日、私はぼーっとした頭でずーっとその暗くて重たい事実に打ちのめされながら新宿の街を彷徨い歩いた。いったい昨夜の再会はなんだったのだろう??あの子のあの美しさはなんだったんだろう!!あまりにも信じられないというか、受け入れ難かった。

この事実を知っていたなら、私は迷わず12年前その子に告白し、チャンスされあれば結婚したであろうに。

私は20歳でその子と出会ってからのすべての時間を今になって後悔した。後悔してもしきれなかった。時はすべてを洗い流す。そして、すべてを変化させる。良いものも悪いものも。自分で変えられるものなんて確かに小さいのかもしれない。

しかし、諦めずに自分を磨き続けることを忘れてはならないとわかった。それを身体で感じたのだ。これは私にとって生涯忘れられない出来事である。人間の力というのは確かに小さいかもしれない。しかし、その微力が積み重なることで時を経て大きな力になるのだ。

この悔しい思いを私は決して忘れてはならない・・・私は自分にそう言い聞かせた。