人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

虚言癖のある人

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職場に病的な虚言癖の人がいる。仕事に関してはあまり嘘がなく、そこそこ普通に真面目にやっている方なのでまあ今のところ問題は少ないのだが、問題はプライベートの虚言である。

自分のプライベートのことで誰も信じないような嘘を平気でつきまくるのである。よくもまあ、あれだけの嘘を平気でつけるなあと言えるくらい周囲に大ぼらを吹いて自分を盛りまくっている。そして、その嘘はすでにほぼ全員にばれているのでる。それなのに、ついた嘘の辻褄を合わせるために嘘に嘘を塗り固めるため収拾がつかない状態になっている。

それなのに、本人はまるで悪びれる様子もなくあっけらかんとしており、いつも明るいのである。おそらく皆様の職場にも一人くらいはこうした虚言癖のある人がいるのではなかろうか?

今はネット社会なのでこうした虚言癖のある人の心理と対処法など簡単に調べられてしまう。彼らはとにかく、孤独で寂しくて、人に良く見られたくて、凄いと思われたくて、注目を浴びたくて、プライドが高くて、見栄っ張りなのだ。だからこそ、嘘をついて自分を盛りまくってそれをアピールして他人から賞賛を浴びて快感にひたっているのである。対処法としては虚言癖は基本的に治らないということを前提に距離を置いて付き合うのが基本なようである。自分が嘘に巻き込まれて被害を受けないように距離を置くことしか対処法はないそうである。

もちろん、彼らについた嘘のおかしさを問いただし、真っ向勝負するという戦法もあるのだが、そんなことをしても益は少ない。どうせ虚言癖は治らないし、相手は嘘に対して罪悪感がない場合が多いので、逆にこちらが恨まれて憎まれて終わってしまう。

人間って不思議なもので人に好かれようとしたり、(自分だけが)注目を浴びようとしたりするほど好かれなくなり、注目を浴びなくなっていくものである。世の中そんなに甘くない。逆にそういう不純な動機というものを人に見破られ、距離を置かれることが多いのだ。

だから、結局人から好かれたかったら目立たずに地味にコツコツと誠実に生きるよりほかはない。ただ、そうした努力の積み重ねにより好かれる場合もあるし、逆に嫌煙される場合もあり、結局はよくわからない。もっと根本的な能力や才能みたいなものが、人から好かれたり、注目をされたりする要因となっているようにも思うし、結局は努力でどうにもならないのかな?と思う。ただ、嘘をつきまくって自分を盛ってる人が好かれることはほぼない。それは明らかに逆効果しか生まない。

私が不思議なのは虚言癖を持つ人が嘘をつくことで見破られ、信頼を失い、距離を置かれ、可哀そうで残念な人に見られてしまうことになぜ気付かないのか?という素朴な疑問と、彼らの嘘に対する罪悪感の低さである。嘘をついて失う信頼の大きさに比べたら、地味に目立たず生きていることによるわずかな信頼と誠実さの方がずっと大きいように思うのだが、彼らにはそうした損得勘定の概念が違うようである。

とにかく、その場で周囲をあっと言わせるような嘘をついてでも注目をされることの方が快楽が大きいようなのだ。人間には色々な人がいるなあとつくづく思う。虚言癖のある人は孤独で友達が少ないからより人を惹きつけようと躍起になって嘘をついて自分を良く見せようと盛ってしまう。これが、また人が離れる要因を作り、孤独に拍車をかけることになる。悪循環の無限ループである。

確かに人間の人生なんて所詮つまらないし、たいしたことなどほとんどないし、不幸なことの方が多いし、明るいことなど少ないし、想像してるより地味なものなんだろうと思う。だからこそ・・・人は他人の幸福を素直に喜べず、他人の不幸に敏感に反応してしまう生き物である。不幸自慢ばかりされるのはうんざりだが、同様に幸福自慢ばかりされても嬉しくないのだ。基本的にはみんな自分が幸せになりたいと思って生きているので、他人の私生活などにあまり関心がない。だからこそ、自分を盛るような嘘をたくさん言っている人などとは付き合いたくないと思ってしまう。

それよりも、自分のこの不甲斐ない人生に共感でもしてほしいくらいである。人間はそんなに絶望しなくても良いのかもしれない。人間なんてしょせんたいした生き物ではないのだ。嘘をつくし、自分を盛りたくなる時もよくある。他者を排除しないで適度に慰めあって生きていくしかないと思う。