人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

今日はサッポロ(SAPPORO)デイ!

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今日は母親と二人で和食屋でランチ。かつ丼と蕎麦を食べる。ここ数年両親と大変仲が良く、時々家族で一緒にご飯を食べに行ったり、母親と二人で食事をしたりする。

私は、以前にも書いた通りどんな運の巡りあわせなのか大変幸福な家庭に育った。両親共にとても尊敬でき、人格者で、馬鹿で無能な私を大切に育ててくれた。私は頭が悪く、不器用だったから、自分が嫌いで両親に反抗、反発ばかりしていたのだがそれでも暖かく時に厳しく見守ってくれた。

ネットで毒親を持った方の苦悩などを読むと本当に切なくなる。親に虐待されたり、言葉の暴力を受け続けたりしながら育った方はどう考えても不幸である。私はそうした意味でめちゃくちゃラッキーだったとしか思えない。今思い返してみても、なんて良い両親だったんだろう!という感謝しか沸いてこないのだ。

しかし、そうした環境に恵まれたとしても人間は幸福になれないというところが人生の難しいところである。私はまさに私という大問題を抱えている。私が私として生きるのは大変に息苦しい。この息苦しさを抱えながら生きていかなければいけないなんて・・とため息ばかり出てしまう。

今日は、お店でサッポロ黒ラベルの生ビールをジョッキ1杯、エビス(SAPPORO)の瓶ビールを1本、そして家に帰ってきてからサッポロ黒ラベルの缶ビールを飲んでいる。いつも思うのだが、黒ラベルってなんで生ビールはあんまり美味しくないのに、缶ビールで飲むと美味しいのだろう?普通は生ビールの方が美味しいのだけれど、今回はエビスの瓶ビールの方がずっと美味しく感じた。

宅飲みの時は黒ラベルの缶ビールが好きでよく飲んでいるのだが、お店で生のジョッキを飲んでも全然美味しくない。なんだか薄味で大味なのだ。ところが、缶ビールの黒ラベルはなんだか凄くスッキリとしていてのど越しがさわやかでとっても美味しいのだ。逆に缶ビールで飲むプレミアムモルツは美味しく感じないのに、お店で飲む生のプレミアムモルツの美味しさと言ったらない。

ということで、生ビールならプレモル、缶なら黒ラベルという住みわけが自分の中でできている。今日は完全にサッポロビールの日だ。こんなにサッポロビールに貢献しても良いのだろうか?

家庭環境とは実に不思議なものである。家庭環境が良いから性格が良い子が育つとは限らない。私みたいにひねくれてしまう人間もいる。逆に家庭環境をばねに(少なくとも表面上は・・)とても良い子になる場合もある。

『良い』とは難しいもの。何が良いのかよくわからないまま生きている。それは風のように感じるしかない。良いも悪いも確個たる定義が決まっているものではない。それらは自分の価値観や肌感覚に照らし合わせて決まっていくものであり、主観的なものである。良いことをしようと意志してもそれが他人から見て本当に良いことなのか?はわからない。

逆に悪いことだと思ってしたことが、結果的に良いことをもたらす場合もある。自分は良いことをしたのだ・・とあまり思わない方が良いのかもしれない。それはある意味傲慢な考え方である。良いか悪いかは永遠にわからないものかもしれない。

つまるところ、私は『良い』ことを国家や集団が決めてしまうことに危機感を覚えるのだ。集団が『良い』ことや『美しい』ことばかりを求めるとろくなことにならないと思う。『悪い』ことの中にも『良い』ことの萌芽がある。右へ倣えはいかんよと思う。まあ、私は性格がひねくれているからどんなに右へ倣えをお国や集団から強要されても、倣わないから大丈夫なのだけれども。