人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

人生は選択なんて嘘よ~

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うちの父親から子供の頃に言われた言葉として印象的だったのは・・

人生は選択だよ。自分で道を切り開くものだよ・・

あのさあ・・今だからはっきりと言えるんだけど、それって勝ち組の論理だよねってこと。私の人生には色々な意味で選択肢が少なかった。低スペックに産まれてきたから選択の幅は狭かった。もちろん歩いたり、走ったり、考えたり、手を動かして何かをしたり、職場に行ってお金を稼いだりなどは一応できるのでそうしたことが原理的にできない方からしたら選択の幅は広いということになると思う。

しかし、そういう話をしてしまうとここでブログは終わってしまうためここではそういう基本的なことがそもそも原理的にできない方は除外させていただく。

さて、人生は選択ではないと思う。というか、人生は産まれついた段階で選択の幅が広い人と狭い人とまあ普通くらいの人と極端なほどの差が開いている。これは遺伝子的なレベルでもそうだし、環境的なレベルでもそうである。それなのに、社会はそうしたことに目をつむり人生は選択であり、可能性は無限にあり、自分で人生を切り開いていくものだよと教える。

父親は東大の理科1類(主に理学部や工学部に行く人が入学するところ)を目指しており、あと少しのところで落ちたらしい。私立大学も早稲田と慶応しか受けなかったそうである。結局国立大学の工学部に入学したわけだが、とにかく努力家でひたすら物事をコツコツとひたむきにこなすことができるタイプである。私とは産まれつき持っているものが全然違うのだ。

大学受験の頃には国公立ならOK。私立大学なら、早稲田、慶応、上智までなら行かせてやるという鬼畜な条件を出された。偏差値が50しかなく、全く勉強ができず、ノータリンで馬鹿で、無気力で頑張ることができない私が、猛勉強して偏差値を15以上挙げてそれらに合格するなんてしょせん最初から無理な話なのだ。予定通り国立大学に落ちて偏差値50くらいの私立大学に行った。

勉強は努力次第とかいうけど、あんなのすべて嘘だからね。勉強なんて走るのと一緒で産まれつきの才能だから。そもそも勉強を頑張ることができるってのは完全に才能だから。誰でもできるものではないから。嘘だと思うなら私の身体を1年間貸してあげるからやってみなさい。絶対できないことをお約束します。持っている身体で決まるのです。早く走ることができない人に努力すれば早く走れるようになるんだというようなもので、無理なものは無理なんです。

産まれつき太りにくい体質の人はいくら食べても全然太らないくせに、産まれつき太りやすい体質の人は何かを食べればすぐに肉が付き、しかも落ちにくいというのが現実であり、それはもう変えようがないこと。本当に人生ってものは理不尽そのもの。

ただ、親父に一度言ってやったことがあって、『俺だって頑張れば東大行けるからもしれないじゃん』って言ったら『それはどうあがいても絶対無理』と断言されました。よく見てましたね。親父も馬鹿じゃないんだってことがわかったエピソードです。勉強ができるって1つの立派な才能だから。何かを暗記できるって当たり前のようで当たり前ではないから。記憶力が全然ない私から言わさせていただきます。覚えられない人には覚えられないものなんです。

では、ブラタモリを見るのでこれで失礼します。皆様お元気で~!!