人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

三島由紀夫対東大全共闘 勝つのはどっち?

先日、TOHOシネマで770円もする映画館の高いサントリープレモルの生ビールを飲みながら『三島由紀夫VS東大全共闘50年目の真実』を見てきた。


映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』予告編

結論から言うと、めちゃくちゃ面白かった。

見てよかった。

内容的には途中から議論がめちゃくちゃ抽象的で難しくてわけがわからなくなってくるのだが、それでも全共闘随一の論客とされた芥正彦とゴリゴリの右翼三島由紀夫の討論は凄く熱くて本質に迫っていて迫力があって面白い。

芥正彦などの大秀才を擁する左翼の東大全共闘と右翼の天才三島由紀夫の直接対決という感じのドキュメンタリー映画だ。

結論から行くと完全にドローである。引き分けに終わっている。どっちが勝ったという感じでもない。お互いがお互いを認め合って気持ちよく終了している。

ボクシングで激しく打ち合った後に判定の結果ドローに終わり、お互いの健闘を称えあって抱き合って試合を終わるという感じのハートウォーミングなドキュメンタリーだ。

この映画を見て痛感したのはやはり、三島由紀夫は天才だったということ。
とにかくとんでもなく頭の回転が早い。

芥正彦の厳しい追及に対して理路整然と自己の理論をすぐに答えていく。あの頭の異常なまでの回転の早さは圧巻だ。
それと、三島由紀夫はとってもユーモアがあるのが良い。

東大駒場900番教室に埋め尽くされた1000人の聴衆(大半は東大全共闘のメンバー)を自己のユーモアを交えて反論していく姿がなんだかとても可愛いというか愛嬌を感じさせるのだ。

本当にこれだけの存在は歴史的に見ても日本文学界において唯一無二の存在だろうなあと実感。
三島(の人間性)が好きになった。

対する芥正彦もこれまたとても面白い。彼も異常に頭が良いのだが、より抽象的な感じがしてわかりにくい。

芥正彦と三島由紀夫の思想の大きな相違は『個』の捉え方にある。

芥正彦は個を一個の完結した国のようなものととらえる。

日本人とか〇〇人というくくり方で個人をとらえていない。
集団の中にある個人というとらえ方ではなく、個がそれぞれ完全に国や集団や組織とは切り離された独立的な存在と捉えている感じがする。

一方で三島由紀夫は個を集団の中の一部だと捉えている。
日本という国があってお前という個人はその中の一つの部分なのだと。

試しに日本から出て海外を旅すれば自分が日本人であることを痛感するぞと。

確かに三島の言う通り海外に出るといかに自分が日本人であるかを毎回痛感する。
どんなに影響されていないつもりでもやはり我々は欧米人とは違う。

それはその通りだ。そこは芥正彦も認めざるを得ないだろう。

しかし、その後の思考が恐らくだいぶ異なるのだろう。
日本人であるのだから日本人としての美学を大切にして日本のために日本人として生きるべきだという三島といやそんなの関係ねえよ、俺は日本人である前に俺なんだよ。俺がどう生きようが俺の勝手なんだよ。日本とか海外とかただの概念に過ぎないんだよという芥や東大全共闘

私は完全なる個人主義者であるから完全に芥正彦の独立した『個』という概念に賛成なのだが、三島の言う日本の美学も十分よくわかる。
結局のところ美学が違うのだ。

例えば中田英寿なんかも独自の強い美学のもとに生きている。
彼は恐らく個人主義者であり、好き勝手に自分のやりたいことをやっている感じだが、やはり彼がインターナショナルな存在であればあるほど日本人なんだなあという感じがしてくる。

世界の中の強い日本人という立ち位置になってくるのである。
彼は日本人歴代最強のサッカー選手と言われているがそれだけ強い個性を放った一人の『日本人』なのだ。

そこが面白い。彼が自分の個性を磨けば磨くほど日本人の美学が前面に押し出されていく感じになる。

とにかく、面白い映画だった。

ちなみにうちの父親はちょうどこの東大全共闘の時代を経験している。

父親が高校3年生の時に現役で東大理科1類を受けて不合格、慶応の工学部に進学するがお金がなくて中退し、浪人して翌年に東大を受けようとしたらちょうど東大全共闘による安田講堂事件などがあってその年は東大入試が中止になり、他の国立大学を受けて合格して進学したそうだ。

東大入試が中止になった余波で首都圏の他の国立大学は入試が激化し凄く大変だったと言っていた。

大受験生のほとんどが滑り止めに早稲田や慶応を受けるのだが、自分もそうだったのでこの馬鹿な私にまで私立なら早稲田か慶応にしか行くなとか馬鹿な要求をしてくる始末だった。

偏差値50しかない馬鹿な腐った脳みそしか与えられていない勉強大嫌いな私が滑り止めは早稲田か慶応だけなんてとんでもない話である。
受かるはずがない。

父親は学生運動には参加しなかったようだが、周りの仲間でとてつもなく優秀だったが学生運動に参加した結果、就職がなく仕方なく学校の先生に収まった人もいたと言っていた。

今は時代が変わったなあと思う。

コレラの者よ。

中田敦彦you tube大学があまりにも面白過ぎてはまっている。


【コロナショック①】ウイルスとは何か?

上の動画ではウイルスと細菌の違いを詳細に解説しているが、他の動画で感染症の歴史みたいな動画があってそれもすごく面白かった。

このyou tubeを見ていてはっきりとわかったのは、中田敦彦は大秀才であるということ。

しかも、プレゼン能力が半端ない。私はyou tube含む動画やテレビの媒体においてこれ以上わかりやすく物事を論理的に正確に面白くプレゼンができる日本人を見たことがない。

おそらく彼がナンバー1でしょう。いわゆる林修先生なんかよりも総合的に見てずっと上だと思う。

凄いの一言。知識も豊富だし、詳しいし、わかりやすいし、鋭いし、分析力が深いし、論理的で明快だし、核心をついてるし、表情豊かで聞き取りやすく、すべてがパーフェクト。

中田敦彦は恐らく何をやっても完ぺきにできるタイプの人間だろうと思う。

まあ人間性についてはよく知らないが、悪く言う人も中にはいる。

彼は慶応の経済学部出身だが、とにかく慶応の経済は優秀な人が多い。似たようなプレゼンターに同じく慶応経済卒の池上彰もいるが彼の方が子供向けという感じがする。

そして、中田敦彦感染症の歴史に関する動画でコレラの説明を見ていて改めて思ったのは、私が13年前に初めてインドを訪れた時にかかった凄まじい下痢や高熱はほぼ確実にコレラだっただろうということである。

症状がほぼ完全に一致するのだ。水下痢なのでノロウイルスにも似ているのだがまた少し違うのだ。もう少し楽なのだが、なかなか治らないという意味で性質が悪い感じだった。

多分あれはコレラだろうと思う。

日本に帰国した後も下痢が止まらず、結局日本の消化器内科に行っても原因がわからず、薬を出してもらってようやく収まったのだが、ノロウイルスならその診断はくだったはずである。季節的にも夏だったし。

日本に帰国後完治に1ヵ月近くを擁した史上最強の下痢と発熱だった。あの恐怖があるからインドにはもう行きたくないのである。

それはさておき病気は怖い。でも恐れすぎて何もできなくなる方が怖い。バランスが大事。

あなたはシュケベです!!!

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上のトカゲは何という名前ですか?

これ、わかったらあなたは凄いです。ガチのトカゲマニアです。

はい、正解は・・・

フトアゴヒゲトカゲ

と言います。

正解した人いました?

正解できた人・・・あなたはスケベ≒シュケベです。

フトアゴヒゲトカゲの飼い方 設備・環境編

wikipediaによると・・(シュケベ情報発令中

フトアゴヒトカゲはアガマ科アゴヒゲトカゲ属に分類されオーストラリア東部から南東部に生息する固有種です。
最大全長49cmに達し、森林から砂漠にかけて様々な環境に生息しています。

昼行性で危険を感じると口を開け喉の皮膚を広げて広げて威嚇するそうです。

食性は雑食で主に昆虫を食べるが植物質も食べられるそうです。

ペットとして飼育されることもあり、日本にも輸入されているそうで、アゴヒゲトカゲ属内では最も(フトアゴヒゲトカゲが)流通量が多いそうです。

どうですか?あなたもこのトカゲを飼ってみたくなりましたか?ロックダウンや外出自粛に備えて暇つぶしにトカゲの飼育でもしてみたらどうでしょう?

新たな発見があるかもしれませんよ。

ちなみに、私はトカゲは結構好きです。

世の中には結構の割合で爬虫類がダメな人が多いですよね?

私は爬虫類全然大丈夫派です。

いや、むしろ好きな方です。ヘビが超苦手な人って多いですけど、私はヘビも大丈夫。もちろん、トカゲ、ヤモリ、イモリ、ワニなど全部大丈夫です。

ちなみに、カンボジアシェムリアップというアンコールワット観光拠点の街にワニ園みたいなのがあるんですが、私はそこに2回も行きました。

しかも、レンタサイクルで自転車を借りて。

シェムリアップの街中から自転車で普通に行ける距離なので。
結構、ワニ園面白いですよ。

ただ単にワニが死ぬほど集められているだけでして、たくさん集まったワニを上から眺める感じになります。

面白いのがとにかくワニって全然動かないんですよね。

ワニって無駄な動きが嫌いなんです。
日がな一日ぼーっと世界が止まったみたいに微動だにしません。

しかし、獲物と見るやいきなり俊敏な動きをします。
そのコントラストがまたいいんですね。

さて、あなたはイモリとヤモリとどっち派ですか?

私はヤモリ派です。

ちなみに、井戸を守るのがイモリ、家を守るのがヤモリと言われています。

タイやベトナムなど東南アジアの安宿に泊まると普通に宿の部屋の中にヤモリがいます。
これが、まためっちゃ可愛いんですな。

奴らは同じ爬虫類なのにも関わらず、ワニと違ってショロショロと動きます。
人間の気配を察知すると逃げますが、割と簡単に捕まえることもできます。

日本でもヤモリを放し飼いにしてみたらどうでしょうか?
クモとかゴキブリとか食べてくれるかもしれませんので。
では、ごきげんよう

ルワンダからこんにちは。

昨日ルワンダの友達からwhatts app でメッセージが来たのでルワンダの新型コロナの感染者は昨日の段階で何人か聞いたら82人だそうだ。

日本は3482人だよと言ったら驚いていた。

とりあえず、I'm goodと言っておいた。

goodって言っとけば大丈夫。これが基本。

それとね、もうこれから基本的にみんな新型コロナにかかるから。

それは症状が出ない不顕性感染も含めてだけど。

気づいたらかかってていつの間にか治ってたというパターンも多いけど。

とにかく身体鍛えてストレス減らして睡眠とって免疫高めて発症時の症状抑えるしかない。

今更かからないように防備とか無駄。

そうしたいなら永遠に家に引きこもって誰とも接触しないで生きるしかない。

これからは感染後、免疫を獲得して生き残ったものが社会を回していくしかないので。

ウイルスを舐めちゃダメ。人間が目に見えない多量のウイルス相手に勝てるわけない。

ひたすら免疫あげまくろう。やりたいことやろう。

世間と同じことしたらダメになる。

毒性が強く人を死に至らしめるSARSとかエボラ出血熱ならほぼ封じ込めはできるが新型コロナは無理。

毒性もそこまで強くなく感染力が強いから。

たとえ抗体やワクチンができてもインフルのように、毎年犠牲者が出る病気になるのは間違いない。

楽しもう、死ぬまで、悔いなく。

カオサンが懐かしい

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うーん、カオサンロードが懐かしい。

カオサンに行きたい。

もう、あの素晴らしいキラキラとしたカオサンがないと思うとマジで泣ける。

本当にカオサン大好きだったな。

あのキラキラ感は世界のどこに行ってもなかったなー。

毎回バンコクに行くたびにカオサンに直行してたもんな。

懐かしいわ。もうカオサンは解体されるかもな。

ありがとうカオサン、僕の大好きなカオサン。永遠に僕の中でカオサンは生き続けるよ。

死の準備教育

ロックダウン前のフィリピン、マニラの様子↓
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上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケン神父をご存知だろうか?

私は大学時代に一度だけ講義を聞いたことがある。

私はキリスト教徒でも上智大学の卒業生でもないのだが学生時代に真面目に自殺を考えていた時期があってそんな時にデーケン神父の『死の準備教育』に興味を持ったのだ。

内容的には完全に忘れたがとにかく面白い人だったという印象がある。

今の日本や世界の動きを見ていて最も足りないと痛感しているのはまさにデーケン神父が提唱する死の準備教育だと思う。

小さい頃から死の準備教育はした方がいい。

簡潔に言うと人間は必ずいずれみんな死んでしまい、それはいつどんな形で訪れるかわからないからとにかく今を大切に生きようということ。

当たり前のことだがこれを忘れてしまうと今回のように大パニック、大騒ぎになってしまう。

パニックになって大騒ぎする時間は無駄じゃないだろうか?

もっと有意義な時間の使い方をできないだろうか?

寿命を全うするということも大事だが、ある意味コロナによる死も天命なのだと考えるしかないと私は思う。

天災みたいなもんだ。

生きるということはそういうことだ。
誰もが完璧に平均寿命を全うできるわけではない。

結果を静かに受け入れた方が幸せだと思う。
死とは不意に襲うものだ。

誰もが平等に死ぬのだ。
それを受け入れ、諦めて静観する。

どんなにあがいても生はいつか終わる。
だからやはり落ち着こう。

コロナ大不況が迫りくる

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今日は行きつけの大好きなベトナム料理屋さんでビールを飲みながら美味しいベトナム料理を食べる。
いやーー、美味しかった。最高だった。

お店のオーナーが店に出ていたので最近のコロナ不況の状態について話を聞く。

そのお店は街中ではなく田舎の方にあるので街中での飲食を避けたお客さんが割と多く来て先週まではお客さんの入りが良かったとのこと。

ところが、志村けんさんがコロナ肺炎で亡くなったニュースが駆け巡り今週になったらいよいよお客さんが減ってヤバイ状況だと言っていた。

もう普通に倒産のことは考えていると言っていた。お店が潰れることを当たり前に考えていないと夜も寝られなくなっちゃうので・・と。

今のこの状況はいつまで続くかわからないし、貸す側にとってもメリットが低いので思った以上に銀行や信用金庫、金融公庫がお金を貸し渋っている状態だそうである。

いわゆる企業努力で乗り越えられる状態ではないと断言していた。

そりゃそうだ。あれだけ自粛、ロックダウン、集団感染、クラスター感染、オーバーシュート、家にこもれ、家から出るな、飲食店は危険だぞ、人が集まる場所に行くなとそこかしこから言われまくられれば経営に大打撃があるのは当たり前である。

宿泊業、観光業、イベント業はもちろんなのだがガチで飲食店も大量倒産の危機を迎えているそうだ。

彼が言うにはこのまま行くとコロナ感染による死者よりも(飲食店経営者含めて不況による)大量の自殺者が出る可能性があるとのことだ。

本当にこの問題は深刻であって、いわゆるお金だけで解決できるものでもない。もちろん、お金は大事だが人間の活動の根幹に関わる大問題なのだ。

人間は活動し、それによって評価されて自分の自尊心を満たしながら生きている。

イエス・キリストは「人はパンのみによって生きるのではない」と言った。

お金は確かに大事だが、毎日客が一人もこないお店に出勤して月に100万円もらえる生活は幸せだろうか?ということだ。

人間は社会的な生き物だ。自分が誰の役にも立っていないと考えると哀しくて虚しくて耐えられないのだ。

誰の役にも立たない人生は虚しい。誰かの役に立ちたいと思うのは人間の本能である。

だからこそ、今回のコロナ大不況は本当にヤバイのだ。病気自体よりもはるかにヤバイのだ。

人間の自尊心に大きく関与しているので。

職場で誰かを辞めさせることは簡単である。

その人に仕事を与えないようにするのだ。

出社しても一切仕事をさせない。透明人間のようにさせればその人は精神に異常をきたして辞めていくのである。

出社して周りが忙しい中で自分一人何もやることがなく、誰からも必要とされず、誰からも声をかけられず、片隅で時間が過ぎるのを待つという嫌がらせは最もつらい。

私の父親が職場で干されてそういう思いをしたことがあるらしく、発狂しそうになったと言っていた。

こういう拷問が巷で繰り広げられつつある。

こうした世界を我々が本当に望んでいるのか?コロナで死ぬ前に自殺することを選ぶ人が増えてもいいのか?

フィリピンのようにコロナで死ぬ前にお金も食料も尽きて飢えて死んでしまう人が出そうな状況は健全なのか?

もう一度考える必要がある。