世の中には「できるだけやりたいことをやりなさい」という考え方がはびこっている。
これは、当然と言えば当然であり私もできるだけそうしたいと思っている。
しかし、生きるということはそもそも大変面倒なことの連続で「やりたいことをやっている」だけでは生きていけないことが多いのである。
しかも、気分的にやりたいこともやりたくない時があったり、やりたいことがなかったり、やりたいことが状況的にできなかったりすることも多い。
そういう時にまず考えなければいけないことは「やりたくないことをできるだけやらないようにする」ということである。
これは、簡単なようでいて実は難易度が高い。
例えば、会社などで出たくもない会議に出たり、付き合いに参加したり、勉強会に出たり、委員会に出たり、地域の寄り合いに出たり、知人や親戚付き合いなどをしたりと色々な場合が想定される。
私は、とりわけいつも1人で過ごしたいという思いが強い人間であるからできるだけ仕事は定時内で終わらせ早く帰って1人で時間を有意義に過ごしたいと思っているし、余分な仕事を引き受けて会社にいる時間を減らしたいと考えている人間である。
つまり、そうすることで「やりたくないことをできるだけやらない」ようにしているのだ。
これは、たいそう心身の健康に良いと思っている。
人間はやりたいことをやっている時はもちろん楽しく充実しているのだが、そればかりでは生きていけない以上、やりたくないことをやらなければいけない生き物である。
世間にはやりたくないことも楽しんでやろうという思想が蔓延しているが、楽しんでやれるくらいならそれは別にやりたくないことではないのではないだろうか?
どう発想転換してもやはりやりたくないと思うことこそが本当にその人がやりたくないことなのではないかと思うのである。
そして、そうであるならばできるだけやりたくないことをやる時間を短縮していくことがとても有意義なことになる。
人生の時間は常に限られているのである。
人生は過ぎてみればあっという間であり、人間なんて生き物は生まれてきたらすぐに年をとって死んでいく運命にあるものなのだ。
だからこそ、自分の価値観や信念に忠実に「できるだけやりたくないことをやらない」生き方が重要になるのである。
人間はやりたいことをやっている時間が最も幸せであると思われるが、その次にやりたくないことをやっていない時間が幸せであり、最後にやりたくないことをやっている時間がくるように思われる。
常にやりたいことができなかったり、やりたいことが見つからないのならばできるだけやりたくないことをやらないように努力してみたらどうだろうか?
そのように人生の舵を切っていくことで自分にとって本当にやりたいことが見えてきたり、やりたくないことが見えてきたり、やりたくないと思っていたけど実際にはそんなにやりたくないわけでもなかったりすることがわかったりすると思う。
常に今日死んでしまうとしたら何をすべきかということを頭に入れながら生きてみることが有意義な人生の一歩になるような気がしている。