人生って本当にくだらないものだと思う。
そもそも私が生きている必要があるのかないのかから考えなければいけないが、最近明確にはっきりとした答えが出た。
生きている必要はない。
ずっと、私はなんで生きているのか、生きている意味があるのかないのか考えてきたがよく考えてみると私が生きていることに意味があるという答えを自分に期待していることがわかった。
自分で自分に問いかけるとかすかにそうした期待を感じるのである。
本当は私が生まれてこなくても生きてこなくてもこれから先も生きていかなくても一向に構わないし誰も何も困らないのだが自分が納得する答えを手に入れるために問い続けているだけなのだ。
結局のところ自分が生きていることが少しでも周囲の人間の役に立つのだと思い込みたい衝動が強いわけである。
しかし、これは錯覚である。
実はただそう思い込みたいだけで本当は誰も何も困らないのである。
いや、別に周囲が困っても何も問題がない。
なぜなら人生が続く限り困ることが連続的に起きてくるのであり、私がいなくなって困ることなど本当にごくわずかだから。
そう考えると人生なんて本当にくだらないところだと心の底から思う。
そもそも私が生まれてきたのは神様から命令されたわけでも他の人から必要とされたわけでもなんでもなく私の両親が(自分の)子供をほしいという身勝手な理由だけである。
その時に子供を作るという選択をしなければ私は存在しなかったわけで仮に私が存在しなかったとしても世の中は何の問題もなくまわったはずである。
ただいないものとして世界はあっただろう。
しかし、私が産まれてきた。
だからこそ私の苦労も始まったわけだ。
人生も仕事も本当にくだらない。
何をしたところでいずれ死んでしまうし、その時になれば今までの思い出や体験も全て水泡に帰すのだから。
どんなに苦労したとしても死んだ瞬間に全て無になる。
どんなにお金を稼いで豪邸を建てても死んだ瞬間に無になる。
どんなに地位や名誉を手に入れても死んだ瞬間に消えてなくなる。
あまりにも虚しいことだ。
そう考えると何のために今を生きているのかますますよくわからなくなる。
とりあえず、今の苦痛を少しでも減らすために生きているのが現状だ。
苦痛を先延ばししているだけかもしれないがとりあえずそうするしか手はない。
生きるということは実に難しい。
生きている限り次々と苦しみがふって沸いてくる。
これを掻き分けてくだけでいっぱいいっぱいだ。
楽に死ねたら最高だが死には苦しみや恐怖が伴う。
人間、生まれてきたら負けだと思う。
しかし、産まれてきた以上もうこの苦しみから逃れられない。
逃げて逃げて逃げ続けるのみだ。
なんてくだらないものかと思うがこれが現実だ。