人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

現代の高校生は進路が多彩

私が大学受験をした2000年の頃はだいぶ大学受験が易化して大学全入の時代と言われ始めていた。

国公立も私立も入試倍率が下がり入り易い時期に入っていたのである。

うちの父親が大学受験をした60年代後半というのは18歳人口がピークに達していた頃だったのでそれはそれは大学受験が厳しい時代だったとよく聞いていた。

高校生の頃は大学受験ってそんなに難しいものなんだと少しびびっていたけど結果的には現役2勝2敗で進路が一応選べたのでラッキーであった。

自分や周囲の仲間の様子を見ても確かに一時期の大変な時期に比べてだいぶ入試が容易になったと感じた。

ちょうど2000年前後から新設の公立大学や私立大学が増えてきてそれと同時にユニークな新設学部、学科などもできて進路が多彩になっている時期であった。

だから競争が一箇所に集中しにくくなっていて倍率もそれほどめちゃくちゃに高いところは少ない状態であった。

現在はさらに新設の大学や学部が増えて18歳人口も減っているから一部の大学や学部、学科をのぞいて入りやすくなっていると思う。

受験戦争を勝ち抜いて進路を選ぶという感じでもなく自分が望みたい進路に進みやすくなっているかもしれない。

しかし世の中の価値観や進路が多様化しているからこそ今の高校生は進路選びが難しくなっているように思う。

大学選びにしろ学部、学科選びにしろそれこそ全国に多様な学校がユニークさを競っていてどこも面白そうだし、高校生を惹きつけるためにキャンパスの利便性を高めたり近代的な建物や設備にしたり工夫をしているのだ。

私の行った大学も随分とキャンパス内が綺麗に整備され建物の改築が進みモダンな感じに生まれ変わっている。

それだけお金をかけてでもアピールしていかないと客がつかないということなんだろう。

私がいた頃にはなかった新設の学科もできてより学問の範囲も広がっている。

本当に今の高校生で大学進学を考えている生徒は凄く悩むんじゃないかと思う。

絶対に東大や京大だったり早稲田や慶応や上智だったり医学部だったり経済的な事情で地元の国公立大学だったり自宅通学可能な私立大学だったりする場合は選択の余地がない分ある意味悩みは少ないかもしれないがそういう事情が全くなくて自由に自分でどこでも行きたいところを選べる生徒であれば進路の多様さに目も眩む思いだろう。

それだけ日本は豊かに贅沢になったということなのかもしれない。

自分は家庭の経済事情は恵まれているほうで一応自宅通学圏外の私立大学に行かせてもらえたので良かったと思うが、学力や能力、才能などにはそれこそほとんど恵まれなかったので選ぶことはあまりできなかった。

しかし、今は一応特定の職場で働くことはできているのでたいした仕事はしていないが有難いと思っている。

こういう進路の多様性という観点だけから見ても日本は一昔前に比べて良い国になったんじゃないかと感じる。

韓国ではこんなに進路は多様化していないし、受験戦争が日本とは比べ物にならないほど熾烈で一昔前の日本の受験戦争の最中のような感じらしい。

しかも日本よりずっとはっきりした学歴社会だと聞いている。

有名大学に入れたか入れなかったかで全然違うらしい。

日本は学歴社会というよりも実力社会だから出身大学がどこだろうと優秀で頑張る人間は上に行くことができる場合が多い。

別にどこの大学でも高校でもあまり関係がなくて入り口のところで一定のフィルターにかけられるだけである。

日本の場合は卒業したかどうかが非常に大きな問題で中退したとなると一気にマイナスになってしまう。

それはさておき自分は日本か韓国かと言えばやはり日本に生まれて良かったのではないかと思っている。

ただ、韓国の良いところもたくさんあってそれは国民が積極的に海外に出るところだ。

日本人は全体的に国内思考が強いが韓国は真逆で国外思考が大変に強い。

東南アジアなんかを旅してみても経済力的には日本の方がまだ高いはずだし、人口も日本のほうが7500万人以上多いのに日本人よりも韓国人の方が圧倒的に多くてどこに行っても3倍から5倍くらいはいる。

韓国は国内産業があまり発達していないからどんどん海外展開していかないと国が成り立たないと言う危機感があり、自然と国民の目も国外に向いてしまうのかもしれない。

しかしそうは言っても国内に多様な進路が用意されている日本の方が便利である。

自分はもう一度大学に入り直せるならまだ新設の新しい大学に行ってみたい。

ピカピカの校舎で青春を謳歌するのも悪くなさそうだ。もう可能性はないのだが。