社会人になると友達と呼べる存在を作るのは至難の業だ。
自分も大学を卒業してから10年以上社会人をやっており、色々な職場で色々な人と働いてきて仲の良い同僚はそれなりにたくさんできたほうだと思っているがついぞ友達はできなかった。
そして、これは当然のことだと思う。
社会人になったら基本的に友達はできないのが普通なのである。
プライベートで飲みに行ったり、遊びに行ったりする仲の良い同僚ですら多くの人にはできないことが多いのではないだろうか?
自分の場合、現時点で前の職場に数人と今の職場に数人の仲の良い同僚がいて数か月に一回程度会って食事をしたり飲みに行ったりしているが結局その程度である。
彼らは確かに他の上司や同僚とは一線を画する信頼できる仲間であるが決して友達ではない。
では、小学校から大学までの友達とはなにが違うのか考えてみる。
確かに学校時代までは友達と呼べる人がいた。
しかし、そのほとんど全員と縁が切れている状態である。
結局、その時代を仲良く過ごしたというだけである。
本当の意味で友達であり、親友と呼べるのはたった一人いるだけだ。
それでも一人いるかいないかで全然違うのでありがたいことだと思っている。
結論としては友達が誰もいなくても十分生きていけると思う。
人間という生き物はどこまでいっても一人なのだ。
孤独に耐えていかなければいけない。
孤独に耐えられるようになれば友達の有無など問題にならない。
職場に仲の良い同僚がいてもいなくても気にならないはずである。
むしろ職場で友達を作ろうとか仲の良い人をみつけようとか決して思わない方が身のためだ。
職場とはそういうところではないからだ。
職場とは仕事をする為だけにある場所だ。
誰かと仲良くなるための場所ではない。
そこでは淡々と与えられた仕事をこなしていさえすればいい。
同僚と仲良くなろうとすればするほど色々な問題が増えてろくなことはないのだ。
職場においては問題が少なければ少ないほど良い。
浅く広く付き合って誰とも深い関係にならないように気を付けているほうがずっと良いと思う。
そして、実はこれはプライベートにおいても同じである。
精神的に依存できる相手を求めるとろくなことはない。
自分の面倒は全部自分で見る心構えで生きていればいい。
自分の人生の充実のために他人を利用しようとしてはいけない。
自分の人生を充実させることができるのは自分だけである。
そうやって自立的に生きていると理解者が現れて節度のある関係を保ちながら接してくれる仲間が自然とできるものである。
これは一つの信頼関係である。
今までの職場で仲の良い同僚に恵まれてきたのも結局職場に過度に期待したり求めたりしてなかったからかもしれない。
基本的に人生に友達はほとんど必要ないというのが私の結論でもある。
友達が少なければ無駄なトラブルも少なくて済む。
全ては正負の法則が当てはまるのだ。
本当に信頼できる友達が一人でもいればその人の人生はもう十分に満たされていると言っていいだろう。