人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

「しないことリスト」を読む

昨日はカフェ付きの書店に入り元日本一有名なニートphaさんの「しないことリスト」を読んだ。

phaさんの本を読むのは「ニートの歩き方」以来2冊目だが、大変素晴らしい内容で全てに共感し納得してしまった。

今の世の中にはあまりにも情報が溢れすぎていて結局何をしたらいいのかわからなくなっている。

全ては物を売るために消費を煽っているだけなのでその手に乗る必要は全然ないのだ。

テレビやネットや本が「魅力的な人になるためにこうすべきだ」「健康の為にこれを食べるべきだ」「このやり方でお金が貯まる」「これを食べると長生きできる」「こんな人とは付き合うな」等々のすべきことを掲げて押し迫ってくる。

最近盛んなのは腸内フローラである。腸内細菌がうつ病に関係しているとか腸内環境をよくすることで痩せるとかいろいろあるみたいで確かに正しいことだと思うけど自分にはどうでもいい。

もうここまでくるといったい何が正しくて正しくないのか全然わからない。

周りの情報に振り回されて自分を見失いそうになる。

結局人間なんて産まれて呼吸して病気になって長くても数十年で死んでいくだけだし、何を実践したところで不運に見舞われれば若くして死んでしまうのだ。

今こうして生きていること以外にすべきことなんてものはない。

phaさんの言うように「しないことリスト」を作ってできるだけ余分なことをしないようにして自分の人生を守ることのほうがはるかに重要だ。

私の場合、ひねくれているから生きていることですらしなくていいような気がしている。

別に今すぐ死んでしまっても全然かまわないし、逆にさっさと死にたいのだけど自分から死ぬのは痛くて苦しくて嫌だから仕方なく生きているだけだ。

人間は生きることが仕事だからその仕事をひたすらしているだけだが、生きるという仕事すら放棄したくなる。

そんな「すべてがどうでもいい」状態なのになんで世間に氾濫した情報に振り回されてあれもこれもやらなければいけないのだろう??と思う。

できるだけ煩わしいことは避けて自分らしくゆったりと生きたいし健康で長生きしたくもないから来るべき時が来たら楽にさっさと死ねるような仕組みでも作ってほしい。

「老後にいくら貯金が必要か?」的な本もウザイ。

別に老後なんてどうでもいいし、はっきり言って今現在が老後だ。

老後っていったい何歳からなの?

65歳からだとしても65歳まで生きられなかった人はどうなるのだろう??

世の中早死にしている人なんていくらでもいる。

人間は産まれた瞬間から死に向かっているのだし、いつ死ぬか誰もわからない存在なのだから生きている限りいつもいつも老後な気がする。

それと今を我慢して老後に備えて貯金してその結果数年から10数年老後を少し楽しく生きて結局は死んでいくことってどれだけ虚しいことなんだ?と思ってしまう。

そんなこと考えるだけ阿保らしい。

ぼーっとしていればいいのだ。

って言うかそういうことを不安に感じる思考をしていると結局来るべき時が来たらまた次の不安に襲われて死んだ後のこととかを考えて不安になるんだろうな。

死んだ後のことなんてどうでもいいのに。

死んだ瞬間に他の人がどうにかするしかないのだから。

今までいったいどれだけの人間が死んできたんだろう?

生前何を願ったかわからないが結局は死ぬという絶対的な限界を乗り越えることができた人は誰もいなかったのだ。

どんなに不安になって準備をしたところで死を誰も乗り越えられなかったのだから潔く諦めた方がいい。

沈んでいくタイタニックの船上で死期を悟った船上バイオリニスト達が逃げるのを止めて一人また一人と集まってバイオリンを弾き始める感動的なシーンがあるけど、自分らしく生きるとはそういうことなんだ。

死を前にじたばたするのはみっともない。

死を受け入れてじたばたせずに自分らしくやりたいことを堂々とやって死んでいく方がいい。

周りが何を言おうが我が道を行けばいい。

そういう意味で自分だけの「しないことリスト」を作る重要性を再確認させられました。