人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

人生に奇跡が起きる魔法の言葉

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うわー、へこんだなあ。マジでへこんだなあ。自殺したくなったなあ。凄い閉塞感だなあ。

ちょっと色々ありまして。

もう、みんなでダースベイダーのつけてるマスクでもしませんか?的な気分である。

そんな時に立ち寄ったセブンイレブンで心屋仁之助さんの『人生に奇跡が起きる魔法の言葉』を買って読んでいたら救われました。

人生に奇跡が起きる魔法の言葉

人生に奇跡が起きる魔法の言葉

マジで心屋さん、凄い。

この人って一見胡散臭いんだなあ。自分も最初スゲー胡散臭いジジイだと思っていた。なんか宗教チックというか、スピリチュアルチックで怪しいというか・・

でも、『50歳から人生を大逆転』を読んで凄く感銘を受けた。

50歳から人生を大逆転

50歳から人生を大逆転

  • 作者:心屋 仁之助
  • 発売日: 2017/06/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

この人の書く文章の息遣いが本物なのだ。書かれた文章とか言葉とかがどうというよりも漂っている息遣いの問題である。

どうもこの人は心の底からそう思って書いてるなあ、嘘をついてないなあと強く感じるようになり、信じられるようになったのだ。

表面的に取り繕った文章というのは綺麗にかけていてもなんか胡散臭い匂いが漂うものである。
そういう人の書いた文章は不思議と頭に入ってこないものだ。

それは、嘘をついているからである。

誰かが綺麗ごとをペラペラとしゃべっていても内容が全然頭に入ってこなかったり、心に響かなかったりすることは多い。一方で同じことを違う(尊敬できる)人が言うと物凄く自分の心に響くことがある。

結局は誰が何を言うかというところになってくるのだろうと思う。

本物には本物の匂いがする。同じく偽物には偽物の匂いがする。それは、どんなに技術を駆使しても隠すことができないほど根本的で本質的に違うものである。

私は詐欺師かどうかを顔を見た瞬間に見分けるが、これも詐欺師は詐欺師の顔をしているからわかるのだ。

同じく泥棒の顔もわかる。

フィリピンなんかでよく見るスリ集団の目はだいたい同じで目に輝きがなく、死んでいるのだ。
1月末にアンジェレスで私の財布を狙ってきたスリの野郎も顔を見た瞬間にコイツは怪しいと直感が働いたので走って逃げたら走って追いかけてきた。(泣)

そいつの目も死んでいた。直感が私に危険を教えてくれる。

インドの詐欺師も同じ。詐欺師の場合、目が死んでいるのではなく、目がやたらにランランとしていて気味が悪い。だからすぐにわかるのだ。

職場でもスケベ野郎の顔ってスケベ顔してませんか?

自分に素直に正直に誠実に生きようと頑張っている人の目が死んでいるということはない。

心屋さんから教わったとても重要なことは「結局のところすべて大丈夫」だということ。

新型コロナが蔓延しても感染しても大丈夫なのだ。

何が起きても大丈夫。大丈夫というよりしょうがないということ。それを許すことである。

色々なことを許せなくなるからこそギスギスする。全部許してしまえば大丈夫になる。

新型コロナが蔓延し『○○しろ!』という命令が世界中にあふれているこの世知辛い世の中だからこそ逆に『○○しても大丈夫、○○しなくても大丈夫』という2つの『大丈夫』を身体に取り込んで生きていくべきではなかろうか?

よく私は海外に1人で旅行をしているというと大丈夫ですか?怖くないですか?治安とか悪くないですか?

と聞かれる。
まあ財布狙われたりとかぼったくられそうになったりとかそういうことはあるけれど別にお金を取られても大丈夫である。
所詮、お金なんて紙切れなんだから。

紙切れに価値があると勝手に人間が思い込んでるだけだから。
よくよく考えてみればわかるが、お金なんてただの数字が印字された紙切れだから。

私は2011年の3.11の時にカンボジアシェムリアップという街のゲストハウスで東北地方が津波にのまれていく様子をテレビで見ていたのだが、それも海外にいたから『大丈夫』だったのである。

少なくともあの瞬間に東北地方の沿岸部にいるよりはカンボジアにいた方が安全だっただろう。

そんなもんだ。何が安全で何が危険だなんて結果論でしかない。その時、その時を生きて死んでいけば大丈夫なのだ。

ってことで、明日からダースベイダーのマスクでも装着しようかな。
でもダースベイダーってめっちゃネガティブなんだよね。

すごい怖がりだし。怖がりだからマスクで隠してただけっていうね。