インドに行くと価値観は変わるという人がいるけど本当なのか?
私は過去に2回インドに行った。1回目は2007年にデリー、アーグラ、ハリドワールなど、2回目は2011年にコルカタ。
結論から言うと、私は価値観は変わらなかった。
もちろん価値観が変わった人という人もたくさんいるだろう。確かに物凄く衝撃を受けたのは間違いない。
ただ、私という存在はそれ以上に強固であり価値観を変えるほどではなかった。
そもそも価値観が変わるってどういうことを指すのか?それまでとは別の人間になるのか?
そこまではなかった。人生が大きく変わったというほどでもなかった。
ただ、私にとって確実に衝撃的な体験だったのは間違いない。
デリーに行ったときはデリーの中心部にコンノートプレイスというモダンな感じの場所があってそこを朝散歩していたのだが、なんとそのコンノートプレイスの広場の真ん中に赤ん坊の死体が捨てられていたのを見たのは衝撃だった。
なかなか赤ん坊の死体が白昼堂々と打ち捨てられているなんて光景を見ることはないだろう。
私は赤ん坊の死体を見て「なんだありゃ?」と思ったけどすぐに赤ん坊の死体だと気付いたがただの一人の観光客としてもちろん何もできないし、下手に手を出して事件に巻き込まれる可能性もあったので知らないふりをして周りの様子をうかがっていた。
そしたら、周りのインド人達も見て見ぬふりをしているのである。
そして、あるインド人の女性が私に「あれは何?」みたいに声をかけてきた。
知らねえよ。こっちはただの観光客なんだよ。インド人なら自分らでなんとかしろよ、警察を呼ぶなり、救急車を呼ぶなり方法があるだろうが・・と思ったがまあインド人としても厄介ごとに関わりたくないのだろうなと思ってみていた。
そして、いたたまれなくなって一度その場をあとにし数時間してまたコンノートプレイスに戻ってきたら綺麗に赤ん坊の死体はなくなっていた。
さすがに誰かが通報して処理されたのだろう。
これがインドなんだと衝撃を受けた。
その後、私はデリーを後にしてタージ・マハルで有名なアーグラに行ったのだがそのアーグラでタージ・マハルを観光後入ったレストランのカレーで見事にあたり、すさまじい下痢で苦しむことになった。
まさにお尻から水が噴き出しまくるという最低最悪な下痢と高熱に悩まされ、数日足止めを食らうことになる。
本来はアーグラから夜行列車でかのガンジス川で有名なバラナシという街に行く予定だったのだが行けなくなってしまった。
数十分おきにお尻から水下痢が噴き出すという絶不調な状態で長時間インドの過酷な列車旅を乗り越える体力はなかった。
結局アーグラから一旦デリーに戻り、よりデリーから近くの上流のガンジス川を楽しめるハリドワールに行くことになった。
デリーから特急列車で確か3時間くらいだったと思う。
アーグラからバラナシまでは夜行列車で10数時間はかかるので体力的な負担はかなり軽くなんとか行くことができると判断したのだ。
結果的に下痢はおさまらずハリドワール観光時も水下痢が続き宿でも寝てる最中に寝下痢をしたりして最悪だった。
ダッシュで観光して体調が悪くなったら宿に戻って思う存分トイレに駆け込むというような旅になってしまった。
しかし、1回目のインド観光で失敗したのは下痢と高熱が出たときにすぐに現地の薬局に駆け込んで薬をもらわなかったことだ。
インドの下痢はインドの薬が一番効くのである。日本から正露丸を持って行ったところで何の効果もない。
インドの馬鹿デカイ薬を飲めば一発で収まることが多い。ただあの馬鹿デカイ薬を飲むのは勇気がいる。別の意味で身体を壊しそうな感じがする。
2回目のインド旅ではそのことを知っていたのですぐに薬局に駆け込んで薬を飲んで無事に回復した。
次回インドに行ったら速攻で薬局に行けばいいと思っている。とにかく日本の薬などインドでは何も役に立たない。
現地の病気は現地の薬が一番効くのだ。これは間違いない。インドの下痢と日本の下痢とは全然違うのだ。
日本で水下痢になることはほぼない。普通に茶色の便がお尻から噴き出すのが日本の下痢だ。しかしインドの下痢は水がお尻の穴からひっきりなしに飛び出す感じになる。これは現地で出会った日本人の旅人も同じことを言っていた。
みんなインドの洗礼を受けているんだな・・と思ったものだ。
しかも日本で下痢になっても高熱が出ることは少ないがインドでは普通に高熱が出る。だから最悪なのだ。
上流のガンジスが川が楽しめるハリドワールは聖者の街と言われ修行僧のサドゥー達もたくさんいてなかなか見ごたえがあった。
散歩 インド ハリドワール
1回目のインド旅ですっかりはまったのは牛達である。私はありとあらゆる生き物の中で断トツで牛が一番好きなのだが、こんなに牛が好きになったのはインド旅行からである。
インドはヒンドゥー教がメインの国でありヒンドゥーでは神様の乗り物として牛が大切にされていて首都デリーにも当時は野良牛が結構たくさんいてすごく可愛いなと思ってはまってしまった。
まさかインド旅行で牛が大好きになるとは思いもしなかった。
私は牛の何が好きかというとその謙虚さである。彼らは大変謙虚なのだ。
のっしのっしと街を闊歩しながら人様の様子を伺い食べ物を探す。ゴミをあさって食べる。そして時折商店街に並べてある野菜や果物を食べたいなあと人間の様子を伺い匂いを嗅いだりしていると人間に怒られ追い払われさささと逃げていく。
そういう謙虚さに私は見事にはまってしまったのだ。これが同じ動物の猿なんかを見ていると全然謙虚じゃなくて腹が立つ。
強引に食べ物をパクって逃げるし、人間からかすめ取ってやろうといつも狙っている感じだ。
インドには野良猿もたくさん生息していて街中で多く見かけるが猿は嫌いになった。
私は牛派である。
2回目のコルカタの旅ではマザーテレサの家で半日だけボランティアをした。
プレムダンという主に障害のある方や重い病気のある方の家に行き洗濯を手伝ったり、ご飯をくばったり、ちょっとした介助をお手伝いしたりという経験をした。
これもなかなか面白い体験だった。アフターコロナではなかなかマザーテレサの家でのボランティアもしにくくなるだろう。
そういう意味ではやっといて良かったと思う。
コルカタでは野良牛はほとんど見かけなかった。路上でつながれている牛は見かけたがそこら辺をうろちょろ歩いている野良牛はいなかった。そこが残念だった。
牛は神様の乗り物だから怒られないインド野良牛と野良ヤギと野良犬 【Daily life of India : The cow is a sacred animal in India 】
インド人はウザいけどなかなか面白い。それもまたインドの旅の楽しさだと思う。だけど私はいまだにインドはあまり得意ではない。
嫌いではないが好きとは言えない。インド旅では1回目ですっかりはまってしまってリピーターになる人が結構多いのだが、私は無理だった。
私はベトナムの方が好きだ。インドに行くならベトナムに行きたいと思う。
やはりベトナムが肌に合うなあと思いながら次の渡航を検討しているのだ。