人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

痛い人いませんか?

あいたたた。

職場に痛い人いませんか?

なんかこの人すっごいガサツで無神経で下品なんだけど、自分に対してそのようなことを少しでもされそうになるとムキーってヒステリックに、なってしまうような中年の女の人とか。

うわぁ痛い!って思いますね。

そもそも上品な女性ってちょっとやそっと自分をいじられたところで笑ってすまして終わりですから。

ところが痛い女は違うんですね。無駄に筋肉マッチョなところがありますから、少しでも自分が落とされる感があると速攻でムキーってヒステリックになる。

あの瞬発力の高さはウサインボルトもビックリです。

しかし、私はなんだかんだ言って痛い人って結構好きだったりします。

観賞用生物として楽しい。

なんだこの化け物はー!って思いながら楽しく観察するのがいい。

彼ら、彼女らにとって自分が1番大事にされてるかどうかがこの世で最も大事。

ヒステリーを起こす原因は全てそこです。

自分を大切にしてーという叫び声なのです。

常に仕事ができる女でありたい、周りよりも私の話をまず聞いて欲しい、周りよりも綺麗な女性であると言われたい。

それを世間の多くの人も同じように思っていますが、恥ずかしいというか下品な人に見られたくないので隠して生きています。

ところが彼女らは自己顕示欲が異常に高いので周囲に猛アピールです。
私凄いでしょ?綺麗でしょ?私の話面白いでしょ?と半ば強引に首に包丁を当てて強迫的にアピールしてきますので肯定せざるを得ないのです。 

この痛々しさと言ったらない。まあ面白いですが。

人間って不思議なものでね、私をもっと褒めてー、とか私って凄いでしょー的なアピールされると途端にその人を褒めたり凄いと思ったりしたくなくなる生き物。

評価というものはもっと自然になされるものなんですね。
自分の感情に蓋をして強制された状態でする評価は必ずボロがでます。

誰から強制されなくても自然とあの人は綺麗だ、上品だ、仕事ができる、人柄もいいと褒めたくなる人っているもんです。

過去に何人かそうした中年女性に出会い、直接べた褒めしました。

間違っても構ってちゃんアピールの強い、他人よりも私が大事なのー的な雰囲気プンプンの女性をこちらから積極的に褒めたいとは思いません。

そういう人ってまたタチの悪いことに褒められて当たり前だと思っている節があって持ち上げると図に乗るしね。

ただ、ヒステリー起こされるのもさらに面倒くさいのでほどほどに定期的に褒めたり、話を聞いてあげたりする必要はあります。

そう考えると自分で自分を褒めたり、自己肯定感を高めたりする感情コントロールってすごく大事だなあって思います。

結局、自分で自分を満たせていないから他人にそれを求めてしまい周りが迷惑するわけなので。

上品な女性はしっかりその辺をわきまえて感情コントロールをしていますよね。

だからこそさらに評価されていくというスパイラルなんですが。

どっちを目指していくかという話です。
エナジーヴァンパイアになって下に下がっていく重たい痛い人になるか、自分で自分をしっかりと満たして上に上がっていく上品な人になるか。

誰だって自分が1番大事だし、家族以外の他人なんてたいして興味なんてないものです。

やはりそこは弁えて行動し、相手と関わるって大事だと思います。特に職場ではね。自分もそうですが。