人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

詐欺師大好き人間

私は詐欺師が大好きだ。

自分も死ぬ死ぬ詐欺師を20年近くやっている。

先日新宿のルノワールで明らかな詐欺師を見かけた。

茶店の中で30分以上大声で電話している男がいた。

話す内容や人相、容姿、表情などから私は詐欺師と確定した。

まあすげ〜胡散臭い野郎で嘘くさい話を次から次へと電話相手に大声で話している。

哲学者や芸術家の名前が次々と出てくる。

一方的に相手を言いくるめる感じだ。

私は詐欺師を見抜くのがうまい。

顔を見た瞬間に一発でわかるレベルだ。

詐欺師というものは必ず人相に出る。顔からして胡散臭い。

どんなに表情や容姿や演技で騙そうとしたところでバレるものだし、見抜ける人はすぐに見抜くものだ。  

まず、はっきり言って世の中はウソだらけだ。

特に大衆が頭から信じてるようなことにウソは多い。

例えば今の日本で言うとマスクだ。

これはもはや国家レベルで信仰されている信仰宗教であり、否定することすら許されないような雰囲気になっている。

イランでいうところのイスラム教の厳格な教えのようで否定すると逮捕されるレベルの宗教である。

こういうものはだいたい嘘であり、詐欺確定だ。

だいたい世界のほぼ全員がイラン国民の多くがイスラム教の厳格な戒律など恐らくは望んでいない。
 
しかし、なぜか無駄にやたらに厳しい戒律が残り続けているのはそうやって国や人々を支配したがる一部の人々が集団洗脳をかけているからだ。

日本の狂信的なマスク洗脳も一緒だ。マスコミやらマスク教信者のような奴らが集団洗脳をかけ続けているのだ。

だからこうやっておかしなことが続いている。

からしたらキチガイ野郎どもなのだが世の中にはそういう詐欺師達だったり、自己中心的な人間だったり、人を支配して思い通りにさせて快楽を得ている輩がたくさんいるのだ。

日本人がマスクを着け続けることなど世界のほとんど誰も望んでいない。

日本人ですら多数は周りに合わせてやっているだけだ。

これらは仕組まれた集団洗脳であり、信仰であり、宗教以外の何者でもない。

私はイランの厳格なイスラム教の戒律と非常によく似た気持ちの悪い現象だと思う。

自由な発言すら認められず空気で支配しようという強引な手法がそっくりだ。

宗教とはそういうものである。

個人でとどめておけば良いものをなぜか他人に無理矢理強いて、守らないものを村八分にする。

多くの人がそれに気付いてすらいない。

だから詐欺なのだ。
騙されていることすら忘れてしまう。
 
人間という生き物は必ず集団で間違う生き物だ。

個では間違っていなくとも集団になった途端にみんなで暴走特急のように間違った方向に全力疾走していく。

過去の最低最悪な安倍政権や今の岸田政権を見ればよくわかる。

まさに暴走特急、集団洗脳だ。

詐欺師の手口というのは必ずどんなものであっても共通していてそれは最終的には脅しを用意していること。

詐欺師は必ず相手を脅すことで詐欺を完遂させていく。

インドなんかの詐欺師を見ても全員共通して最後には脅しが用意されていた。

洗脳が解けた時用に脅しが用意されているのだ。

だから結局は従わざるを得ないという脅迫行為を持った一連の流れが詐欺なのだ。

日本の異様なマスク信仰やイランの無駄なまでの過剰に厳格なイスラム教の戒律遵守もすべて従わないものは共同体から排除するという脅しが設けられている。

私は物事の本質を見抜けるタイプなのでこういったもの全てが裏まで良く見えてしまうのだ。

他の人を騙せても私を騙すことはできない。申し訳ないが私は詐欺師に負けたことがないのだ。

本質をあっさりと見抜いてしまう。

そして、全ては裏に仕掛けてる奴らがいることもわかる。

日本社会の風通しの悪さには仕掛け人がいるのだ。

そしてそれを補完する見張り人のようなナチスドイツで言うゲシュタポのような奴らが要所要所に必ずいる。

天皇陛下万歳の太平洋戦争の空気も仕掛け人と補完勢力によりなされたものだ。

集団とはそういう危険な力を持つものだ。
自分をしっかり持って行動していくしかないだろう。