人生とは旅である

日々の体験を通して考えることを大切にしていきます。

誰かが損を被る時

私は誰かが損を被らなければいけないシチュエーションになった時に自分が被るというパターンがよくある。

社会生活をしているとババ抜き大会みたいなシチュエーションはよくあるものだ。

会社でもそういうパターンはよくある。

誰かが損してことを丸く収めないと次に進めないパターンだ。

こういうシチュエーションになった時に逃げるのが得意な人が必ずいるものだ。

ババを人に押しつけて逃げる常習犯。

人はそういう人をよく見ているものだ。

損をかって出た人のことはすぐに忘れてしまうが損しないように逃げ回ってる人のことは不思議と忘れない。

あいつはそういう場面で逃げる奴だと認定される。

ある時、新宿のビジネスホテルで部屋代を払わない10代の女性がホテル側から警察を呼ばれて騒ぎになっていた。

その時に様子を見ていた私はこのまま行くとババ抜き状態で誰も得をしないと思った。

そこで私が出て行って一万円札を女に渡した。

それでホテル側もとりあえず納得、警察もとりあえずは事情聴取だけで済んだ。

女もとりあえず難を逃れた。

もちろんそういうことをしている女は常習犯だろうし、悪い癖は治らないだろう。

最終的には自分でなんとかしていくしかない。

ただ、あのまま放置したところで警察もホテル側も女側も押し問答状態で困るのは目に見えていた。

女はとにかく金がないし、頼る人もいないとずっと言い続けているのだから。

だけどホテル側も金を払ってもらわないと困るわけだし。

そういうババ抜き大会で、私はなぜか損を引き受けるみたいな特性がある。

結果、その後少ししたら臨時収入が100万入って少し贅沢な生活ができた。

それはやはり神様が見てたからご褒美をくれたんだと思う。

これまでそういう経験を何度もしてきた。

明らかに自分は損でしかないことをしたが、あとから全く別の経路でお金がドバッと入ってくるみたいな。

損して得とれというと言葉は悪いが結局のところ人間関係とか社会生活って損得で成り立っているので自分ばかり得をしようとしてる人は必ずどこかで損がめぐってくると思う。

逆に損な役回りを引き受けているとなぜか得が返ってくる。

よくあるパターンは職場で自分が得することばかりしている人はよく病気になっているということだ。

あんた自分ばかり得しようとしてるから病気という罰を神様が与えてるんだよと思ってしまう。

それとそういう人はプライベートで借金したり、金に困ってたりするパターンも多い。

損と得のバランスをうまく取っていけば割と普通に生きられる。

損と得はピッタリ張り付いたものであって密接不可分である。

光と陰、明と暗、表と裏のようなもので必ず対になって人生についてくる。

地球とはそういうところなのだ。